第1話|届いた書状
朝餉の席は、静かだった。
長い食卓の端と端。
互いに視線を交わすことは少ない。
だが、距離は昨夜よりも近い。
給仕が下がり、紅茶の湯気だけが揺れている。
その時、執事が足音を殺して近づいた。
「旦那様」
銀盆の上に、一通の封書。
重厚な紋章、赤い封蝋。
ヴァルディアの視線が、わずかに鋭くなる。
ルミエールも気づく。
——皇城。
封蝋を割る音が、やけに大きく響いた。
一枚の書状。
沈黙ーー空気が変わる。
ヴァルディアの指が、ほんの一瞬、止まった。
それから、何事もないように紙を畳む。
「……問題ない」
低い声。
だが、ルミエールは見逃さない。
紙を持つ指先に、わずかな力がこもったことを。
「何か……?」
問いは静かだ。
ヴァルディアは一拍、沈黙する。
そしてーー
書状を彼女の前へ差し出した。
「読め」
命令の形。
だが、隠さないという選択。
ルミエールは受け取る。
視線が文字を追う。
——婚姻の不備。 ——公爵家の内情調査。 ——必要とあらば、離縁も視野に入れる。
最後に記された名。
皇太子。
空気が、冷える。
朝の光は同じはずなのに、 部屋は別の季節に変わったようだった。
ルミエールは、ゆっくりと紙を畳む。
「……随分と、早いですね」
声は震えていない。
「……あの方らしい」
ヴァルディアは彼女を見る。
その目に宿るのは怒りではない。
計算ーーそして、覚悟。
だが、その奥にほんの僅か、苛立ちが沈んでいた。
彼女を駒にされることへの。
「嵐は、城から来る」
低く告げる。
その手が、卓上でわずかに動く。
「……城は、腐り始めている」
その声は低く、だが確信に満ちていた。
触れはしないが、昨夜と同じ距離。
ルミエールは、そっと指を伸ばした。
今度は、迷わず指先が重なる。
ヴァルディアの目が、わずかに細められる。
「離すな」
今度は、はっきりと。
命令ではない。
誓いのように。
嵐は始まった。
だが——
公爵家では、もう一人ではない。




