第4話|静かな灯り
婚姻の儀を終えた夜。
公爵家の主寝室は、侯爵家の客間とは比べものにならない広さを誇っていた。
高い天井。
繊細な装飾の施された壁。
厚く柔らかな絨毯が足音を吸い込む。
天蓋付きの大きな寝台には、淡い金糸の刺繍が揺れている。
公爵夫人として迎えられた証。
豪奢だった。
けれど――静かだった。
外では警備が強化され、窓の向こうに松明の灯りが揺れている。
嵐はまだ、終わっていない。
「……ここが、これからのあなたの部屋だ」
ヴァルディアの声は落ち着いている。
だが、その言葉の重さを自覚しているようでもあった。
ルミエールはゆっくりと室内を見渡す。
「とても……立派ですね」
その声は穏やかだが、わずかに息を含んでいる。
華やかな空間に、まだ心が追いついていない。
ヴァルディアは一歩距離を保ったまま立っている。
近づきすぎない。
だが、離れもしない。
「肩はどうだ」
実務的な問い。
それが今の彼の精一杯だった。
「もう痛みはほとんど」
そう言って、本棚の方へ手を伸ばしかける。
次の瞬間。
彼の手が先に動いた。
「動くな」
低い声。
本を取って差し出す。
自然な仕草のはずなのに、指先が触れた瞬間、空気が揺れた。
豪奢な部屋の中央で、二人だけが静止する。
「……ルミエール」
名を呼ぶ声は、昼よりも柔らかい。
彼女が顔を上げる。
高い天井の下、視線が絡む。
近いが、触れない。
触れていいのか、まだ測りかねている。
昨日の血が脳裏を掠める。
代わりに、彼はそっと彼女の手を取った。
豪華な装飾の中で、指先だけが確かな現実だった。
「冷えている」
彼女の手を包み込む。
強くはない。
だが、離すつもりもない。
ルミエールは小さく笑う。
「……少し、緊張しているだけです」
その正直さに、ヴァルディアの視線が揺れる。
「俺もだ」
言ってから、わずかに眉を寄せる。
余計なことを言ったと気づいたように。
だが、手は離さない。
豪奢な寝室。
公爵家の威厳。
それらすべてよりも今、確かなのは。
この手の温度だった。
外では風が鳴る。
だが、この部屋だけは、静かに灯りが揺れている。




