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あなたを手放すために、結婚しました  作者: 絵宮 芳緒
第1章|運命の出会い

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第2話|戦場前の微妙な日常

初春の昼下がり。


リュシアン侯爵家の広い演習場に足を踏み入れた瞬間、ルミエールは空気の張りつめ方がいつもと違うことに気づいた。


「皇室騎士団長ヴァルディア殿が、指導に来られるそうだ」


兄アントワーヌが静かに告げる。


皇室騎士団を率いる、ラヴェル公爵家の子息。


その人物が自家の騎士団を直接指導する――それだけで胸が高鳴った。


やがて現れたヴァルディアは、漆黒の短髪を揺らし、鋭い氷青の瞳で兵士たちを見渡す。


無表情。

まるで氷の城壁のように揺るがないその姿は、規律そのものだった。


「……やはり、現実なのね」


思わず息をのむ。


かつて読んだ物語の一節が脳裏をよぎる。


憧れた騎士団長の勇姿が、今、目の前にある。


兄は旧知の間柄らしく、軽く会釈した。


「久しぶりだな、団長」


「アントワーヌ……」

短い応酬。


それだけで場の空気が引き締まる。


ヴァルディアが号令を発すると、演習場は一変した。

剣が閃く。


無駄のない動き。

的確な指示。

戦場そのものだった。


ルミエールの鼓動が速まる。

自然と背筋が伸びる。


だが、次の瞬間。

鋭く振り抜かれた剣先が、ぴたりと止まった。


ヴァルディアの視線が、わずかにこちらへ向く。


氷青の瞳が、ほんの一瞬だけ細められた。


――見られた。

心臓が、大きく跳ねる。

それだけで、十分だった。


やがて演習が終わると、彼の表情は再び静かな無表情へ戻る。


戦場の鬼と呼ばれる冷徹さと、屋敷で見せる揺るがぬ静寂。


その落差に、胸が締めつけられる。


「……守られるかもしれない」


心の奥で、そっと呟く。


未来の危機を知る身でありながら。

それでもなお――


春の光の中で、ルミエールの胸は静かに揺れていた。

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