第2話|傷の手当て
リュシアン侯爵家の一室ーー
医師の診察を終え、軽傷だと告げられても、ヴァルディアは一言も発しなかった。
安堵の息をつく者はいない。
包帯と消毒薬が卓上に置かれる。
「……自分でできます」
ルミエールがそう言いかけた瞬間。
「動くな」
短い制止。
有無を言わせない声だった。
肩の布地を慎重に裂く。
白い肌に、浅い傷。
血はもう止まりかけている。
――浅い。分かっている。
それでも、指先がわずかに強張った。
「痛むか?」
「少しだけです」
そう答える彼女の声は、いつも通り穏やかだ。
それが、胸の奥に刺さる。
もし深く入っていたら。
もし、あと数寸ずれていたら。
想像が、喉を締めつける。
考えるな。
ヴァルディアは消毒液を含ませた布を傷に当てる。
ルミエールがわずかに息を詰めた。
その反応に、彼の指が止まる。
「……悪い」
低い声。
謝罪は、それだけ。
彼女が驚いたように瞬く。
「あなたが謝ることではありません」
「俺の目の前で、傷を負わせた」
淡々とした声だった。
だが、その奥に僅かな悔恨が滲む。
包帯を巻く手つきは、驚くほど丁寧だった。
まるで壊れ物に触れるように。
「次は……」
不意に、言葉が零れる。
「次は、かすり傷すら負わせない」
静かな宣言。
ルミエールの胸が小さく震える。
「……守られてばかりでは、いられません」
彼女はそっと言う。
未来を知る彼女なりの決意。
ヴァルディアの手が止まる。
ほんの一瞬。
視線が絡む。
「守らせろ」
それは命令ではなかった。
願いに近い、低い声。
言ってから、彼はわずかに視線を逸らす。
自分の言葉に、気づいたように。
室内に静かな沈黙が落ちる。
包帯を結び終えた後も、彼の手はすぐには離れなかった。
やがてーー
「……無茶はするな」
それだけを残し、ようやく距離を取る。
だが、その視線は以前よりも確かに近かった。
もう他人の距離ではなかった。




