第3話|打開策
静かな応接室。
向かい合って座る二人の間に、緊張が落ちる。
ヴァルディアは迷いなく切り出した。
「皇太子側に、不穏な動きがある」
簡潔に告げる。
感情を削ぎ落とした声。
「フォルティエ公爵家の動きも不自然だ。
皇太子が直接名を出した以上、単なる推薦では済まない」
ルミエールは静かに頷く。
未来の記憶が、嫌な予感と重なる。
「このままでは、リュシアン侯爵家は圧力を受ける」
そこで一瞬だけ、彼は言葉を区切った。
ほんのわずかな沈黙。
そしてーー
「打開策はひとつだ」
まっすぐな視線。
「俺と、婚姻を結ぶ」
空気が止まる。
それは政略であり、防衛のための現実的な策だ。
理に適っていると、ルミエールも理解していた。
だからこそ、その提案が彼の口から告げられたことに、胸がわずかに揺れた。
「形式上でも構わない。
皇太子が手を出しにくい状況を作る」
淡々とした説明。
完璧に政治的な理屈。
けれど――
その手が、わずかに強く握られているのを、ルミエールは見逃さなかった。
「……私で、よろしいのですか?」
問いは静かだった。
ヴァルディアは即答する。
「お前以外は考えていない」
即答だった。
言ってから気づいたように、ほんの僅かに視線が揺れる。
だが、言い直さない。
その沈黙が、何より雄弁だった。
「皇太子は執着している。あれは、放置すべき相手ではない」
理屈を重ねる。
だがその奥にあるものは、隠しきれていない。
ルミエールは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
これは政略。
けれど――
この人は、守るために、自分の人生を差し出そうとしている。
「……分かりました」
小さく、しかし迷いのない声。
ヴァルディアは一度だけ目を閉じ、深く息を吐いた。
「後悔はさせない」
政略のはずなのに。
その場に流れる空気は、どこか甘く、静かに熱を帯びていた。
だがその甘さが、嵐の前の静けさであることを、
まだ二人は知らない。




