第1話|不穏な影
午後のリュシアン侯爵邸。
執務室には静かな緊張が漂っていた。
書類の山を前に、ルミエールは何度も目を通す。
未来の記憶が、今日も小さな警鐘を鳴らす。
向かいに座るヴァルディアは、いつも通り冷静で、隙がない。
氷青の瞳は文字を追い、指先は迷いなくページをめくる。
だが、わずかに眉が動き、視線が書類の隅へ走る。
(……何か、いつもと違う)
ルミエールが気づくか気づかないかのうちに、彼の指先が書類の角をそっと押さえ、紙が曲がらないよう調整する。
無言の気遣い。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……ルミエール嬢、ここに注意した方がいいかもしれない」
低く、静かな声。
命令ではなく、助言に近い。
その一言に、守られているという安心が広がる。
視界の端で、窓から見える屋敷内を行き交う人影が、不自然に動くのを感じた。
未来の記憶が警告する——黒幕の影、動きはまだ表に出ていない。
ヴァルディアは気づいたのか、わずかに目を細め、ルミエールに向き直る。
その仕草は無表情のまま、しかし静かに、彼女を守る意思を伝えていた。
ルミエールも息を整え、心の中で誓う。
(どんな未来が待っていても、私は、この人を守る――)
午後の光が差し込む書斎で、二人の距離感は微かに縮まった。
静かな緊張の中で、胸に確かな決意が芽生える。




