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森での日々が、三日過ぎた。

時間の感覚はすでに曖昧だった。

だが、身体だけは正確にそれを覚えている。

朝と夜。

魔法。

痛み。

回復。

覚醒。

ただ、それを繰り返すだけの三日間。

ショウとニコは、明らかに“おかしかった”。

初日は、立ったまま魔法を維持するだけで限界だった。

二日目には、それが反射のように発動する。

三日目には、意識せずとも力が滲み出る。

蔓が迫れば、光が先に弾く。

刃が届けば、ニコの魔力が無意識に流れ込み、裂けた肉を塞ぐ。

成長速度は、狂気じみていた。

――だが。

「……ッ!!」

衝撃音。

次の瞬間、ショウの身体が宙を舞った。

背中から地面に叩きつけられ、視界が白く弾ける。肺から空気が抜け、息ができない。

「遅い」

マリーは、いつもの場所に立っていた。

花も、蔓も、炎も。

使っているのは、ほんの最小限。

それだけで、ショウは為す術もなく“殺されかけている”。

「クソ……!」

起き上がろうとして、膝が崩れる。

光は出ている。防御もしている。

それでも――届かない。

(……追いつけねぇ)

少し離れた場所で、ニコが息を整えていた。

彼は、ショウよりも明らかに安定している。

ニコの魔法は、使えば使うほど“周囲”を味方につける。

地形、植物、空気。

すべてが、彼を補助する。

対してショウは、ただ速く、ただ鋭い。

切り込むだけの力。

――それだけだ。

「焦ってるわね」

マリーの声が、淡々と落ちる。

「成長しているのは事実。でも、あなたは“比較”を始めた」

「……うるせぇ」

歯を食いしばる。

光が荒れ、揺らぐ。

「ニコと比べている。私と比べている」

一歩、距離が詰まる。

「そういう時、人は一番脆い」

次の瞬間、地面が裂けた。

蔓が、ショウの胸を貫く――直前。

光が、暴発した。

防御でも、攻撃でもない。

ただ、生き延びるためだけの光。

ショウの身体が弾かれ、木々の向こうへ転がる。

「……」

マリーは、追わなかった。

「今日は、ここまで」

踵を返す。

「生きているなら、夕食には戻りなさい」

それだけを残し、森の奥へ消えた。



————————


夜。

マリーの作った家は、相変わらず静かだった。

花の灯りが揺れ、温かな匂いが漂っている。

「ニコ、ちょっといいか?」

頭をかきながら、ばつが悪そうに声を掛ける。

ショウにしては、珍しい態度だった。

「何? 盗み食いならしないよ。夜だけはマリーに生命を脅かされたくない。俺はこの生活で、安心と安全の価値を学んだんだ」

一度盗み食いに付き合わされ、酷い目にあったニコは、冷ややかな視線を向ける。

「いや、そうじゃなくてだな……ちょっと夜の散歩、付き合えよ」

二人は、森へ入った。

夜の森は、昼とは別の顔をしている。

風は穏やかで、虫の音は遠い。

空には、信じられないほど澄んだ星。

初日は禍々しく感じていた森が、今では美しいとすら思える。

それだけの余裕が、生まれていた。

「……綺麗だな」

ニコが、ぽつりと言う。

「東京じゃ、こんなの見えなかった」

ショウは、少し黙ってから口を開いた。

「……なあ、ニコ」

「ん?」

「俺さ……思い出したんだ」

ニコが足を止める。

「少しだけだけど」

ショウは空を見上げる。

星を見ているようで、違う何かを見ていた。

「夜さ、踏切の前で……」

言葉を、探す。

「タバコふかしながら、スマホ見てた」

「……スマホ?」

「ああ。画面、割れてて。通知がやたらうるさくて」

風が、木々を揺らす。

「学校の名前も、駅の名前も……全部は思い出せねぇ。でもな」

胸に、手を当てる。

「毎日、踏切を横切る電車を見て、死にてえと思ってた」

乾いた笑み。

「理由は思い出せない。でも感情は覚えてる。死ぬのが怖くて、それでもどうしようもなく死にたかった」

言葉が、詰まる。

「ある日、一歩踏み出した。この勢いのまま、飛び込んでやろうって。そしたら、後ろから声を掛けられた」

ニコは、何も言わずに聞いている。

「そいつがさ……ムカつくこと言うんだ。何言われたかは覚えてねぇ。でも話して、ムカついて、死ぬのやめた」

苦笑。

「ここに来て、お前と一緒にマリーにボコられて、毎日死にかけて」

指先に、微かな光が灯る。

「今、生きててよかった。あの時、死ななくて本当によかったって思うんだ」

「それが……怖ぇ」

「……怖い?」

「もし、元の世界に戻ったら」

星空を仰ぐ。

「俺、またあの生活に戻れる気がしねぇ」

沈黙。

やがて、ニコが口を開く。

「俺も、少し思い出した」

「……え?」

「コンクリートの床。高い天井。誰かが俺の名前を呼んでいて、俺も、誰かの名前を叫んでいる」

拳を握る。

「でも……それだけだ」

二人は並んで、星を見る。

「なあ、ニコ」

「うん」

「俺、強くなりてぇ」

声は低く、真剣だった。

「マリーみたいに、全部分かって、全部できるくらい。悦虐者とか言う野郎から、自分も友達も、大事なもん全部取りこぼさず守れるように」

ニコは、少し困ったように笑う。

「欲張りだね。遠いよ?」

「分かってる」

ショウも笑う。

「でも……追いつけなくても、追いかけるのはやめたくねぇ」

星が、静かに瞬く。

遠くで、花が一輪、夜に咲いた。

「なんか、臭いこと言っちまったな」

照れくさそうに鼻をかき、手を差し出す。

「まあ、これからもよろしくな。相棒」

ニコは微笑み、同じように手を伸ばす。

「うん、相棒。よろしく――」

「そして、さようなら」

その言葉と同時に。

ニコの右手が、ショウの胸を貫いた。

音は、なかった。


—————————



(ありえない――)

マリーは、乱れかけた思考を一息で押さえ込む。

この森に根を張ると決めた時から、結界は常に張ってある。

触れれば分かる。壊されれば、なお分かる。

花の魔女は、この世界でも指折りの高位の魔女だ。

並の人間なら、この場所を認識すらできない。

力技で破壊するなど、論外。

仮に壊されたとしても、木々が、花が、大地が、即座に知らせる。

(内側に……?)

結界に触れず、傷つけず、術者に気取られず侵入する。

それは破壊よりも、数段上の魔法的技術。

そんな芸当ができる存在。

そして、する理由がある存在。

(悦虐者……!)

ショウとニコが森へ入ったことは、感知していた。

だが――二人の反応が、唐突に消えた。

同時に。

木が。

大地が。

花が。

今まで聞いたことのないほどの警笛を、森全体で鳴らし始めた。

森が——世界が——軋む。

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