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円。幾何学。
重なり合う線と線が意味を持ち、ただの模様だったものが光を帯び、ショウの足元に定着する。
彼を中心に、その規模は直径およそ五メートル。
膨大な異形を前にしては、あまりにも小さく。
夜を押し返すには、あまりにも淡い輝き。
だが――
“処理”するには、それで充分だった。
最初に踏み込んできたのは、蔓。
地を割り、空を裂き、花弁の刃を伴って降り注ぐ緑の槍。
ショウは、足を僅かに踏み鳴らす。
それだけで、領域が応えた。
足元の紋様が脈打ち、円周に沿って光が走る。
蔓が境界へ触れた瞬間――血飛沫を上げて、千切れた。
絡みつくはずだったそれらは、一つとして内側へ届かない。
切断ではない。
断絶だ。
蔓は光に触れた部分から、植物であることを失い、生命であることを否定され、枯れる間もなく塵へと還った。
続く、花。
巨大な薔薇の異形が口を開き、歯列のように並ぶ花弁を打ち出す。
ショウは、ただ視線を上げる。
領域内の光が、点灯した。
無数の光点が円の外縁に沿って宙に浮かび、花弁が通過する“未来”を先取りするように、そこに存在する。
花弁が光点に触れた瞬間、勢いは殺され、意味を失ったかのように、はらり、はらりと宙を舞う。
色鮮やかなそれらは光に照らされ、皮肉なほど美しい花吹雪となって、ゆっくりと地へ落ちていった。
その地面が、揺れる。
根。
幹。
節を持ち、関節を持ち、歩く森。
樹木の異形が地を割って姿を現し、重い一歩を踏み出した、その瞬間――
ショウは、手を僅かに振り下ろす。
動作は小さい。
だが、領域全体がそれを“命令”として受け取った。
足元の模様が変形する。
円が歪み、三重に重なり、内側へと収束する。
次の瞬間、光が“重力”を帯びた。
樹木の巨体は前に進めない。
否――進もうとするほど、内部が軋む。
幹が割れ、枝が折れ、年輪が逆再生するように剥がれ落ちていく。
バキバキと音を立て、光が巨体を内側から押し潰す。
最後に残ったのは、腐った木片だけだった。
ショウは、呼吸すら乱さない。
次。
左右から、肉と花を縫い合わせた獣。
上空から、胞子の雨。
地中から、根の槍。
絶死の包囲。
同時。
ショウは踏み込まない。
剣も、振らない。
ただ、静かに手を合わせる。
それだけで、光が踊った。
円の内側を、無数の線が駆け巡る。
線は刃となり、盾となり、壁となる。
胞子は光に触れた瞬間、発芽の可能性を失う。
獣は境界を越えた部位から、順に“解体”されていく。
根の槍は地上に出る前に粉微塵に削ぎ落とされ、地中から顔を出すことすら許されない。
視線。
わずかな動き。
そのすべてが、光への入力となり――
即座に、結果として現れる。
「……なるほど」
森の奥で、ニコが小さく呟いた。
数で押す。
森で覆う。
生命で呑み潰す。
そのすべてが、ショウの前では意味を持たない。
彼は、場所を譲らない。
一歩も、譲らない。
光の円の中。
そこは侵入を許さぬ“聖域”であり――
同時に、踏み入ったものすべてが等しく裁かれる、処刑場だった。
化け物は、まだ増やせる。
森は、まだ広い。
だが、このまま同じことを繰り返せば、先に手の内が尽きるのは自分だ。
ニコは、冷静にそれを理解していた。
勝負を、仕掛ける必要がある。
「その円の中が……絶対生存領域、ってわけか」
独り言のように呟きながら、視線をショウへ向ける。
今の自分に、そこから彼を引きずり出す手札はない。
――なら。
新しいカードを、引くとしよう。
ニコは両腕を前に突き出した。
開いた両手を胸の前で潰すように握り合わせる。
その瞬間、命令が下る。
今この場で、彼が干渉できる“すべての生命”へ。
森が、吠えた。
異形は意思を持つ黒い波となり、地を覆い、空を塞ぎ、上下の区別すら曖昧にしながら、ショウを押し潰さんと殺到する。
圧倒的な質量と殺意。
だが。
「……まだ、解んねぇか」
頭上、夜空そのものが崩れ落ち、殺意を持って自らに迫らんとする光景を前にしても、ショウは眉一つ動かさない。
代わりに、手に光を集めた。
剣。
両手で光の剣を握り、ゆっくりと上段へ。
自らの頭上へと、確かめるように掲げる。
その動きに、領域が呼応した。
円が脈打ち、光が収束する。
線が重なり、意味が束ねられる。
そして――
一閃。
振り下ろされた剣に応えるように、領域から閃光が迸り、一直線に天へと駆け上がる。
それは、天まで届く光の柱。
破壊ではない。
迎撃でもない。
――宣告だ。
この場所に立つ限り。
この円の内にある限り。
この正義が心にある限り。
すべては、彼の光に裁かれる。




