第16話 心の治療
地下拠点の医療室は、静かだった。
白いシーツの上で、ルナは天井を見つめていた。
身体の拘束跡は消えても、胸の奥に残るざわめきは消えない。
「はい、これ。栄養補給」
軽やかな声とともに、ネロがトレイを持って入ってきた。
並んでいる。
「……食欲ないんだけど」
「そういうことは言わない。リヴェルダがせっかく作ったんだから」
ネロはトレイを傍のテーブルに置き、椅子を引いてどかりと腰を下ろした。
「ていうかさ、元気出してよ。無事に帰ってきたんだから」
「……あたしのせいで、皆が危ない目に遭った」
「はあ?」
ネロは眉を上げ、あっさりと言い放った。
「危ない目に遭うのはいつものことだし、そもそもあたしたちが自分で選んでやってることだから。貴方のせいとか関係ない」
「でも」「でもじゃない」
ネロは端末をいじりながら、ちらりとルナを見た。
「責任感強すぎるのも考えもんだよ。まあ、嫌いじゃないけどね」
そう言って立ち上がり、トレイを指さす。
「さっさと食べないと怒るよ。ゲームの時間を割いて来てるんだから」
ネロは、そう言いながら部屋を出て行った。
ルナはしばらくトレイを眺め、ゆっくりとスプーンを手に取った。
__________
翌日。
拠点の廊下を歩いていたルナは、あちこちから声をかけられた。
「もう歩けるんですか?無理しないでくださいよ」
「昨日のスープ、口に合いましたか?」
「何か欲しいものがあれば言ってください」
団員たちは皆、自然な笑顔でそう言った。
見返りを求める様子も、哀れむような目も、なかった。
「……なんで、ここの人ってこんなに優しいんだ」
思わず呟くと、隣を歩いていたリヴェルダが穏やかに微笑んだ。
「皆、昔は誰かに必要とされたことがなかった人たちなんです。だから、誰かの役に立てることが嬉しいんだと思います」
ルナは足を止め、廊下の先に並ぶ団員たちの背中を見つめた。
「……ドリームメイトって、変な組織だな」
「確かに、犯罪組織にしては可愛すぎますね」
リヴェルダは静かに笑った。
__________
夕方。
ルナは拠点の小さな中庭に出ていた。
拠点は現在拡張中だそうで外の気分を味わえるのはここだけとなっている。
「身体の具合はどう?」
背後から突然声がした。
振り返ると、アルカナがカップを片手にベンチに腰を下ろしていた。いつの間に来たのか、気配すら感じなかった。
「……まあ、悪くはないぜ。それ何飲んでんだ?」
「ん?これはホットミルクだよ」
ルナはアルカナの隣に腰を下ろし、少しの間黙った。
「なあ、アルカナ」
「何だ」
「あたし、また迷惑かけちまった」
「そうだな」
即答だった。
ルナは少し驚いて顔を向けると、アルカナは真顔のまま続けた。
「迷惑かどうかを決めるのは僕たちだ。でも、だれも迷惑だなんて思ってはいない」
「……それだけか?」
「それだけだ」
呆気ないほど簡単な言葉だった。
だが、その簡単さが、胸の奥に静かに染みた。
ルナは膝を抱え、中庭の明かりを見つめた。
「……あたし、ここにいていいのか?」
「お前が決めることだ」
「でも、あたしがいるせいで」
「ルナ」
アルカナの声が、静かに遮った。
「君がここにいることで皆んなに危険が増えるのは事実だ。否定しない。だが、それを理由にお前を追い出すつもりもない」
「……なんでだよ」
「僕たちは『ドリーム・メイト』そして、君は叶えていない夢がある。これで分かるんじゃないか?」
ルナは言葉を失った。
アルカナは立ち上がり、真っ暗な空を見上げた。
「焦らなくていい。ゆっくり見つければいいさ」
その背中に、ルナはゆっくりと頷いた。
「……ありがとな」
返事はなかった。
ただ、アルカナの口元が、ほんの少しだけ緩んだような気がした。




