第10話 天敵
廃墟となったビルの屋上へ、赤い影が消えた。
無線越しに、荒い息が混じる。
『……主君、敵に追いついた。だが、妨害が多すぎる。距離を詰められない』
ハーツの声だった。
アルカナは短く舌打ちをし、視線を上へ向ける。
「了解。すぐに追いつくから無理はするな。
言い切ると同時に、彼は非常階段へと飛び込んだ。
錆びついた鉄骨の階段を駆け上がり、踊り場を蹴って次の階へ。
足音を殺しながら、崩れかけた廊下を走る。
——絶対に逃がさない
だが、その思いは、奥から響いた“音”によって断ち切られた。
……コツ、コツ。
規則正しい足音。
隠す気のない、堂々とした歩調。
アルカナは即座に足を止め、壁際へ身を寄せる。
同時に無線が鳴った。
『アルカナ様? どうされましたか?』
ソリティアの声。
アルカナは一瞬だけ目を伏せ、低く吐き捨てるように言った。
「……チッ、一番戦いたくない奴が来た」
それだけ告げて、無線を切る。
暗闇の奥から、人影が現れた。
崩れた天井から差し込む月明かりが、その姿を照らす。
茶髪のショート。
背筋を伸ばし、両手を後ろに組んだまま、ふざけたような笑み。
「おや。こんなところで有名人に会うとはね」
その声には、緊張も警戒もない。
まるで、散歩の途中で知人に出会ったかのような軽さだった。
「君が……ドリーム・メイトの主。
噂の《アルカナ》かな?」
アルカナは、ゆっくりと前に出る。
腰の銃とナイフに手を掛け、相手を正面から見据えた。
「初めまして。……私はアルカナ。特殊課のメリッサ殿、で合っているだろうか。何故ここに?」
メリッサはそう聞かれると少し肩をすくめる。
「ここにいる理由?簡単さ。『紅月』の調査を押し付けられてね」
そう言いながら、彼女もまた、自然な動作で銃とナイフを抜いた。
構えに無駄がない。
それだけで、格が違うと分かる。
アルカナは一瞬、武器を下ろした。
「……利害は一致しているはずだ。出来れば、戦わずに協力したい」
静かな提案。
だが、その言葉が終わるより早く——
閃光。
メリッサのナイフが、一直線に喉元を狙っていた。
アルカナは反射的にナイフを引き抜き、刃を叩き合わせる。
金属音が廊下に響き、火花が散った。
距離を取ったメリッサは、即座に銃を構える。
「そうしたいのは山々なんだけどね」
銃口の向こうで、彼女は微笑んだ。
「この立場上、
君みたいな存在を——見過ごすわけにはいかないんだ」
アルカナもまた、銃を構え直す。
——時間がない。
——だが、退く選択肢もない。
二人の視線が交差した瞬間、
廃墟の廊下に、最初の銃声が響いた。




