06話 双児宮のメフィスト
くっ! やっとアグリアードネの爆発危機から脱したと思ったら、メフィストが戻ってきた。そしてレイラさんまで奪われた! どうしよう?
メフィストは倒れているモヒカンに近寄りその顔色をのぞきこむ。介抱するかと思いきや、ヤツの懐から白羊宮の石を抜き取った。
「ディープボーイは死にましたか。ということはアグリアードネの体は完全破壊されたようですね。これでこれは百年使えなくなりました」
死んだ? 殺しても死ななそうなアイツが?
……ああ、そういえばそんな設定があったっけ。星宮獣の体が完全破壊されると、そのマスターは死亡する。そして星宮獣は石の中で百年をかけて体の再生をおこなう、だったか。
やむを得なかったとはいえ、また人を殺めてしまった。この体になってからそればっかりだ。まさに死を呼ぶ少女だ。
「さぁて。だいぶ損害も出ましたが、そろそろ帰りましょうか。ゾディファナーザ。帰ったらオシオキですよ」
「ヒiイッ!」
メフィストはボクに近寄り手を伸ばす。
ダメだ。抵抗するすべがない。このまま連れ去られてしまう!
――「ううおおおらぁ! レイラさんを返せぇ!!」
と、「ブゥン」と唸りをあげた強烈な蹴りがメフィストをおそった。
メフィストはそれに反応し、「ヒラリ」とかわして、彼から間合いをとるように飛びすさった。
「すごい蹴りですね。人間離れしてますよ。レイラお嬢様を慮った手加減でこれですか」
その蹴りで横合いから襲った者はもちろん暁斗。アニメでよく見たファイティングポーズをきめてメフィストを睨みつける。
「あれから大分時間がたったからな。もう一戦出来るくらいはダメージが回復したぜ。戻ってきたってんなら、ここで幹部のテメェをとっつかまえてやる!」
「フム……いいでしょう。私としても、あなたにはここで消えてもらう方が良いようだ」
「ドサリ」と乱暴にレイラさんを放り投げ、リラックスしたような自然体で暁斗に手招きするメフィスト。
「来なさい。真っ向勝負です。あなたの流儀で戦ってあげましょう」
ハッ! このシーンは? マズイ!!
「暁斗さん、行っちゃいけない! あれはワナだ!」
「真っ向勝負挑まれて退けるかよ。どんな武器や仕掛けを隠していようと、かみ砕いてやるぜ!」
「そうじゃありません! メフィストの星宮石は双児宮。その星宮獣セバイラヴィッシュは決まった姿がなくて、召喚したマスターにそっくりの姿であらわれるんです! メフィストのトリックスター能力と合わされば、いつの間にか入れ替わっているなんてことも……」
ドガァン
ボクの忠告もむなしく、暁斗は大きくフッ飛ばされた。駆け寄って見てみると、胸が大きく陥没している。まさか即死?
「グ……ガハッ、糞ォ……なにが真っ向勝負だよ。卑怯者め……」
メフィストを見ると、いつの間にやら二人になっていた。そっくり同じ姿のメフィストが二人。片方はもちろん双児宮の星宮獣だ。
「いいえ、引っかかる方がマヌケです」
「な……に……?」
「あなたは今まで、その強さでなにも考えず戦えばどうにかなっていたのでしょう。ですが、ブラックゾディアック幹部相手にそれは通用しません。相手のワナを見抜く目を持たなければ死ぬだけです」
暁斗は一瞬大きく目を見開いた。そしてなにかを考えるように瞑る。
「そう……か。俺はなにも見えちゃいなかった。相手の強さも大事なことも。なっちゃいない。本当に俺はなっちゃいない……!」
「ん?」
暁斗の胸元から強い気配がした。気になって探ってみると、やはりそれはそこにあった。
「天秤宮の星宮石……こんなに強く反応している」
ゾディファナーザの巫女能力のせいで、それの反応が尋常じゃないほどのものだということがわかる。
そうか。たしか天秤宮のマスターになるには、激情と冷静の二つの感情を同時に持つことが必要。そういう設定だった。
今、暁斗の感情はレイラさんを守れない悔しさと簡単に罠に引っかかった己への反省で揺れ動いている。それが天秤宮の石を最高に反応させている。これなら!
「暁斗さん、手伝います!」
「あ……?」
暁斗に精神を同調させ、天秤宮の石に呼びかける。自然と詠唱が口から出る。
「さかる激情と凍てつく知性。天秤の両皿に据えた二つをもって、来たれ断罪の執行官。敵を裁け悪を裁け我を裁け、悪へと傾く世界を公正に正せ。天秤の使徒よプラーナキア!」
――「ちいっ、巫女! 天秤宮の星宮獣を呼ぶつもりですか! させません!」
メフィストは自分そっくりな双児宮の星宮獣セバイラヴィッシュをけしかける。
だけど、こちらの方が速かった。
セパイラヴィジュの突進は、二枚の巨大な円形の盾に防がれる。
巨大なソーサーはそのままボクたちを守るように空中に滞空している。
「これ……が天秤宮の星宮獣?」
「いいえ、その一部です。天秤宮の星宮獣プラーナキアは破壊されているんです。召喚できるのは、再生している天秤の皿部分のみ」
それでも回転し、空中を自在に高速機動するソーサーは、かなり強力な兵器だ。
ただし”扱えれば”。
暁斗の胸の大きく陥没し変色している部分を見れば、戦わせるなんて殺人行為。死を呼ぶ少女の記録を更新してしまう。
「暁斗さん、やりますか? あなたは重篤患者です。ボクには召喚は手伝えても、プラーナキアのソーサーを操って戦うのは暁斗さん自身にしか出来ません。もし無理なら降参するしかありませんが」
ドガッ
大地を踏み抜くほどに音を響かせ暁斗は立ち上がる。
「愚問だな。あそこに俺の大事な人が眠っている。彼女を守るためなら、両の拳を握りしめ戦うだけだ」
顔はもはや土気色。されど表情は雄々しく。
やっぱり戦うんだね。意地とレイラさんのために。
彼のまわりを祝福するかのように二枚のソーサーは舞う。
「わかりました。プラーナキアの説明をします。本来ならあのソーサーはプラーナキアが追尾も防御も自動でやってくれるのですが、本体が無いせいでマスターがマニュアルで動かさなければなりません。たぶんすごく難しいですよ」
「……だな。なかなか思うように動かせねぇ」
二枚のソーサーはフラフラと安定せずに宙をただよう。動きに流れがなく、これではとてもメフィストに張り合えないだろうな。
……そうだ、たしかアニメでも最初はこんな感じだった。その時にレイラさんがアドバイスしてたっけ。
「二つのソーサーを両の拳と思って動かしてください。暁斗さんなら、そのやり方で扱えるはずです」
すると二枚のソーサーはヒュンヒュンと鋭く舞いはじめた。まるでボクサーのシャドーみたいな動きだ。
「おお、出来そうだ。ありがとな。君にはいろいろ借りが出来た。もし、この後があるなら、お礼をさせてくれ」
「自分が助かりたいだけです。死にぞこないを戦わせる悪党に感謝なんてしないでください」
さて、相手のメフィスト。どういうつもりか、さっきの襲撃失敗から黙ってこちらを見ているだけだった。
「「フム、プラーナキアの一部のみの召喚ですか。観察したところ、こちらの敵ではありませんね」」
二人のメフィストは同時に同じセリフをしゃべる。もはやどちらが本物なのか。
「俺はアンタを殺す。捕まえる余裕なんてないし、アンタは完全に格上。人間らしいやり方じゃ、とてもかなわない」
暁斗は獲物を狙う据えた目でメフィストを睨む。
「「いかに武器が星宮獣のものであれ、人が操り動かすモノに、このメフィストとセバイラヴィッシュが掻い潜れないとでも? いまトドメを刺しに行ってさしあげましょう。散歩がてらね」」
二人のメフィストは、まるで無防備に、軽い散歩のような足取りでソーサーの領域へと歩く。歩いてゆく。
マズイな。二人の細身な男がやけに強そうに見える。
重体の暁斗に勝ち目はあるのか?