42話 ブラック・ゾディアックの幹部たち【暁斗視点】
「アメリアが落ちた!?」
アメリアと磨羯宮のシュラハサとの戦いは決着し、シュラハサは消滅した。
だけどその瞬間にバッシュノードまでも消え、アメリアは真っ逆さまに墜落してしまったのだ。
俺とレイラさんは天秤宮のソーサーに乗って、音の影響が少ない場所までさがって戦いを見ていたのだが、あまりに予想外。
「糞っ! こんなことなら、危険でももっと近づいて見守るべきだった!」
アメリアの落下した地点に大急ぎで向かい、彼女を見つけると降りて容態を診る。彼女の小さな体を調べてみたのだが、奇妙なことになっていた。
「どうなの! 生きている?」
「生きている……っていうか無事だ。傷ひとつない。あんな高さから落ちたのに」
「ええっ?」
ともかく無事なら何よりだ。目をさまさないが、外傷もないので寝かせておけば十分だろう。レイラさんはアメリアの頭を膝の上にのせて介抱する。
あらためて景色を見回してみるが、本当に悲惨なことになっていた。
ニューヨークは倒壊した建物の残骸だらけ。救助のヘリも飛んできやしない。
東海岸の津波の影響で首都機能はマヒしているだろうから、大統領命令も出せない状態なのかもしれない。
俺とレイラさんは、しばらく終末の風景をぼんやりと見ていた。
「ま、無事だったんだし良かったけどな。けど、これからどうすっかな」
「サクラモリに帰りましょう。ニューヨークは救えなかったけど、シュラハサは倒せたんだし」
「そうだな。西へ向かいながら、どっかで連絡とるか…………いや、無理か」
「え? どうして」
「見ろよ。最後のシメに来やがった」
俺は彼方の方向に指を指した。
そちらからは真っすぐにこちらへ向かってくる車があった。
おそらくタイミング的に、あいつらだ。
「パパ………」
車は俺たちの手前で止まると、中から三人の人間が降りてきた。
助手席からおりてきた女はミランダ。
運転席から出てきたのは仮面を外したメフィスト。
そして後部座席から降りてきたのは、年若い金髪の少年だった。
「ブラック・ゾディアックの残った幹部の勢ぞろいか」
「違うな。私の目的に賛同し協力してくれた真の幹部が、ここに居る彼らと後方にいる人馬宮のロイドだ。他のテロリストどもは、ただの贄にすぎない」
真ん中に立つ金髪少年が答えた。
そいつは一番若いくせに一番偉そうなのが奇妙な光景だ。
「あれがドクター・ベウムか?」
「ええ、パパよ。宝瓶宮の能力で若返っているのよ」
奴は芝居がかったポーズをつけて言った。
「よくやってくれた。磨羯宮のシュラハサは、さすがに無理がすぎるかと思われたが。まさか、あのような方法で倒すとはな」
「無理がすぎると思っただと? だったらなぜロックフェスの中止に動いたエージェントたちを殺した? おかげでニューヨークは壊滅。亡くなった人間は何百何千万人か!」
「しかたあるまい。私は止まるわけにはいかなかった。過去の過ちを消すため。そのために地獄をもたらすテロ組織ブラック・ゾディアックを創った」
「お前はぁ!」
思わず奴に向かって踏み出したが、その前をミランダがふさいだ。
「おおっと、ベウムはんに手出しはさせへんで暁斗クン。ようやく大団円や。ここは怒りを飲み込んで見届けようやないか」
「ミランダ……お前もいろいろ悪事をやっていたな。それをすべて無かったことにしてしまうわけかよ」
「せや。時間戻しが終わったあとも、ウチは元のスラムの貧乏人に逆戻りというわけやない。ちゃあんとサクセスストーリーのレールは出来とる」
「テメェ……!」
悪びれずにのたまうミランダに心底むかついた。
思わず、空に飛ばしているソーサーを戦闘前のように回転させる。
ミランダも剣呑な雰囲気を察したのか、その背中から蠍の尾を出現させる。
一触即発の空気の中、それに割ってはいったのが仮面を外している素顔のメフィストだ。
「暁斗くん、それ以上動くな。姿は現してないが、ここには人馬宮も来ている。ドクター・ベウムの儀式を邪魔をするなら容赦なく排除される」
「クッ……」
長距離狙撃に優れた人馬宮が来ているなら、下手な行動はとれない。
やむを得ず半歩下がって気を静めた。
「フム。磨羯宮の撃破という難しい大役を果たしてくれたことに礼を述べようと来てみたが。やはり君達の前に姿を現すことは、あまり益のないことだったな。これ以上話すこともない。そろそろ始めよう」
ドクター・ベウムは星宮石を取り出し、詠唱を始めようとする。
しかし、それをレイラさんがさえぎった。
「待って、パパ! お姉ちゃんはどこにいるの? 教えてくれる約束でしょう!」
「そうか。約束なら果たしておかねばならんな。相良くん、答えてやりたまえ」
なぜかドクター・ベウムはその役をメフィストにを押し付けた。
奴はレイラさんの膝に頭を乗せて眠っているアメリアを指して言った。
「レイラ。君の抱えている彼女。それがマリベルだ」
「「えっ?」」
思わず俺もレイラさんも、レイラさんが膝の上に頭を乗せている彼女を見た。
まさか……アメリアが?
バカな! そんな話は、一度も彼女から聞いたことはない!
「夏音さん、本当に……?」
「そうだ。もともと異界の巫女ゾディファナーザは、精神体としかこの世界に来ることは出来ない。そのために時間を逆行させたマリベルの体に憑依し、この世界での活動を可能にしていた。もっともしばらく前から別の人間の精神が入っていたようだがな」
「別の人間………?」
「そ、それじゃ、お姉ちゃんの精神はどこ?」
「ドクター・ベウムが時間の逆行を成し遂げた時に必ずその体に戻す。私がそうゾディファナーザと契約した。マリベルが帰るのも、あと少しだ」
相良夏音はそのために双児宮のマスターになり、メフィストとしてブラック・ゾディアックの幹部になったのか。
だけど! それじゃあ!
「だったらアメリアはどうなったんだ!? 俺たちといっしょに戦ってきたアメリアの精神はどこに行く?」
それにはドクター・ベウムが答えた。
「その者は、ゾディファナーザ何らかの理由でマリーの体に入れたどこかの世界の何者か。おそらく元いた世界に帰ったのだろう」
「なんだと……」
信じられなかった。今までいっしょに戦ってきたアメリアが、こんなにあっけなく消えてしまうなんて。
落胆し、茫然自失になった俺たちを眺めるように見回したドクター・ベウムは、頃合いと見たのか宣言した。
「さて、これで約束は果たした。もう良かろう。それでは始めよう」
ドクター・ベウムは星宮石を掲げ、たからかに詠唱する。
「星宮より来たれ、天上の水瓶の番人よ。星辰きらめく天の川。それを掬い満たした瓶の恵を、賢者が、農民が、医者が、旅人が、今か今かと待ちこがれている。かなうなら乾く大地にその瓶を傾け、幽世まで続く大河を生み、馥郁たる豊穣の地をもたらしておくれ。甘き水よ、せせらぎの聖譚曲を奏で、響かせ、歌うがいい。メリサストローア!」
空に、大きな瓶を持った輝く女性型巨人の星宮獣が顕現した。
星宮獣は暴虐苛烈なタイプが多いが、この宝瓶宮は処女宮と同じタイプのような理性と気品とを持っていた。
宝瓶宮のメリサストローアは、その巨大な水瓶を傾けはじめる。
「糞っ、本当に良いのか?」
この期に及んでも俺はまだ迷っていた。
本当にドクター・ベウムとゾディファナーザのシナリオ通りに事を進めても良いのか。
こんな大混乱を起こした大罪人を見逃したまま終わらせて良かったのか。
されど体は動かない。
ただ、すいこまれるように、メリサストローアが水瓶から時間逆行の水を降らせるのを見ているだけだった――
「…………え?」
「な、なんだと!?」
「………嘘やろ? ドクター・ベウムはん!」
それは一瞬の出来事であった。
突如、飛来した矢がメリサストローアの体を貫き、儀式は中断されたのだった。




