40話 咆哮と嘶きの激突
スタジオから出てみると、空は一面黒い雲におおわれていた。
そしてはるか先。ニューヨークがあったはずの向こうには、巨大な漆黒の山羊の怪物が鎮座していた。
その不気味な嘶きは黒い雲の空に響きわたり、まるで地獄の到来を告げるかのようだった。
メエエエエエエ…………
そう、か。どうして、あのヤギの鳴き声がシルヴァリオのギターだと感じたのかわかった。
あの鳴き声にはリズムがある。
シルヴァリオ特有のギターテクが。
ボクら三人はスタジオの外に出て、その光景を眺めていた。
だけど、ただ眺めるだけじゃない。
ボクはバッシュノードを召喚し、反撃の策の準備を進めていた。
「グオオオオオオンッ」
スタジオから持ってきたギターにバッシュノードを同調させて軽く弾くと、バッシュノードはその通りに吼えた。
「よしっ、ちゃんとボクのギター通りだな」
使ったことはないけど、バッシュノードの能力に『獅子の咆哮』というのがある。その咆哮を聞いた者を威圧し怯ませ硬直させる、という能力だ。
星宮獣がマスターの奏でる楽器に同調して吼えると知って、今回使ってみようと思った次第だ。
しかし暁斗もレイラさんも難しい顔。
「本当に鳴き声だけであんなデカいヤツをどうにか出来るのか? とても無理に思えるんだが」
「そうよ。もっと策を詰めてから挑むべきよ」
「さっきのは同調をたしかめただけ。指の運動だよ。本気の音はこうだ!」
グゥオオオオオオオオオオッ!!!
本番ステージの感覚でギターを弾くと、バッシュノードはさっきとは比べ物にならない咆哮を出す。
「きゃあああっ」
「うおっ!?」
大地を震わせ世界を震撼させるような咆哮だ。
暁斗とレイラさんは地面に倒れながら驚愕の眼差しで見ている。
「うん、やっぱりボクのテンションも威力に乗せられるな。それじゃ行ってくる」
「ヒラリ」とバッシュノードに馬乗りになる。
首からさげたギターと指にはピックをかまえタスタイルは、それだけで今までとは違う気分にさせる。
「待って! せめてベーネダリアの聖なる調べで強化して戦いましょう」
「それは無理だよ。今回の武器は”音”だけに、相手だけじゃなく周囲全方向にもダメージがはいるからね。無事なのは『星宮獣の攻撃はそのマスターには無効』のルールで守られたボクだけだ。それに……」
見上げるようにはるか先のシュラハサに目をやる。
ただし見つめているのは、その奥のレオナルド・シルヴァリオだ。
「バフ抜きでやりたいんだ。正気じゃないかもだけど」
あとは語ることはなにも無い。
バッシュノードを操り地面を蹴って飛び上がる。
向かう先は、超巨大な山羊の怪物シュラハサ。そこへ一直線に向かわせる。
近づくごとに嘶きがキツくなってゆき、身体強化をしてても体が悲鳴をあげる。
「まったく。学生バンドのギタリストが世界の頂点に立ったスターに挑むなんて、本当に正気の沙汰じゃないね。だけど」
シュラハサとの距離がそうとう近くなった頃、山羊の嘶きに堪えられなくなってきた。
頃合いだ。ここを決戦場に決めた。
ステージ開幕のナンバーのようにギターの弦を弾く。
バッシュノードはそれに合わせ、空を響かす咆哮をあげた。
グゥオオオオオオオオオオッ!!
「今のあなたは見てられないよ。自分のファンを押し潰し、世界を滅すギターをただ一人孤独に弾き続ける。そんな姿は」
だから
「音でブン殴る! ボクが君のギターを超えて、君のステージを終わらせる!」
ボクの宣戦布告がとどいたと思うのは幻か。
無秩序に響かせていたその嘶きを、明らかにボクとバッシュノードを目標に集中させてきた。
メエエエエエエエエエエエエエエエエッ
その圧に負けじと、ボクもさらにギターをかき鳴らす指を早める。
グオオオオオオオオオオオオオオンッ
咆哮と嘶きがぶつかり合う。
まさに意地と意地、命と命のぶつかり合い。
一瞬でも押し負けたら、全身が音の暴力に引き裂かれて終わる。
「くうっ、これが世界の頂点に立ったギター!」
山羊の嘶きの中に、シルヴァリオのギターを感じる。
彼の想い、人生、地面に這いつくばって音楽にしがみ続けた歴史。
それらがすべて音の暴力となって、ボクにぶつかってくる。
「ググッ……ギッ……」
「やはり」と言うか、やっぱり技術も経験値もシルヴァリオが上。
パワー、リズム、表現、そして魂の叫び。
そのすべてが、この『山羊の嘶き』にはある。
バンド対決なら、とっくに惨敗だ。
それでも。
「まだだ! それでもボクのギターは負けちゃいない! 負けを認めてなんてやるもんか!」
強がりを言わなきゃ、やってられないほどの差。
あらためて思う。
本当に勝ち目のない勝負を挑んだもんだ。
圧倒的なギターテクを見せつけられ、つきつけられ、落とされる寸前だ。
「ハァ、ハァ、まだ……ボクのギターは………」
もう、指の感覚がない。
ほんの少しで死ぬ感覚に突き動かされ、反射的に指を動かしているだけだ。
だけどそれは、全力でやっと限界を引き延ばしているだけ。
終わりの見えないシーソーゲームを、やっとの思いで続けている。
「あ……も、もう……」
もう、ダメかもしれない。
指だけじゃない。体のどこにも感覚がない。
意識はとっくに消えかかっている。
いまギターを弾いているのは、ただの反射だ。
ああ、このまま気がつかないうちに堕ちて、死んじゃうのかな……
――しっかりしろよ。もう少しだけつきあってくれ
ハッ! …………幻聴?
誰も語りかけるはずのない、この黒い雲の空で、誰かに呼びかけられた気がした。
もちろん辺りには誰もいない。
それでも――
グゥウオオオオオオオン
指が復活した。
新しい魂の叫びが与えられたように、弦を弾く。
ああ、幻聴のあの声。
それは、憧れたあの人の声にそっくりだった。
「そう、か。君も終わらせたいんだね。だったら、やるしかないよね。推しに頼まれちゃね!」
感動と感激の激情のままに指を動かす。
目の前には巨大な山羊の顔。
さっきまでは、その巨大さと威圧に恐ろしく見えていた。
でも今は、どこか優しく感じる。
『仲の良い友達のとギタ-勝負している』
そんな気さえしてくる。
さっきまでとは違う、意地と意地のぶつかり合い。
どちらがよりギターが好きか。愛してるか。
ただ、それだけを競っているような気がする。
「フ……フフ………アハハハハハ」
楽しかった。
こんな空の真ん中で、命を懸けて、命を燃やしてギターを弾いている。
それがたまらなく楽しくて、うれしかった。
このまま、どこまでもいつまでも、目の前の友達と弾いていたい。
ボクら、ずっと、こうしていたいね。
やがて――
山羊の嘶きがやんだ。
虚空の空に、獅子の唸り声だけが響く。
「満足したかい? シルヴァリオ」
超巨大な山羊の怪物の、その体は崩れてゆく。
黒い雲が晴れてゆき、そこから差し込む光の中。
空気の中に溶けゆくように。まるでそれは、巨大な幻だったように。
消えてゆく。その真下に潰された都市の残骸だけを残して。
「ギリギリだったよ。勝てて良かった。ボクの命がつきる前に――」
意識が途絶えた。
と同時、背に乗っていたバッシュノードも消えた。
あとは墜落してゆく感覚。それだけだった――




