39話 超巨大星宮獣顕現
「――くうっ、間に合わない!」
全力全速でアメリカ本土の横断を敢行したものの、やはりニューヨークは遠すぎる。その目前の街あたりで、来たる破滅は来た。
「ここで止まってください! いったん降りて顕現の衝撃をやりすごします」
スマホ映像で見るシルヴァリオのステージはとっくにクライマックスを迎え終わり、そのラストソング代わりに星宮獣召喚の詠唱が唱えられていた。
――「星宮より来たれ、闇の儀式の支配者よ。闇を満たせ、闇を注げ、闇へ沈めよ。逆十字の祭壇と神秘呪文字の魔法円。聖職服まとう牡山羊の顔持つ主催者は、厳粛におごそかに礼拝を行う。さらば我が主の復活とともに、あまねく願いはすべて果たされよう。ザーザースザーザース、ナースタナーダ。わが餓えた願い成就の時は来た。シュラハサぁ!」
グウウウオオオオオオオオオオオオン……
磨羯宮のシュラハサ。
その出現だけでニューヨークは壊滅した。
アメリカ最大都市すら覆い尽くす圧倒的超質量のいきなりの出現は、都市を押し潰すだけにとどまらない。
発生した衝撃波は東海岸都市のすべてを直撃し、さらに発生した津波は海岸沿いの港や街ことごとくを飲み込み、アメリカの政治機能は完全に停止してしまった。
「うわあああっ」
シュラハサから遠く離れたこの場所でさえ、衝撃波は情け容赦なく襲いかかってきた。周囲の建造物は崩れ、はめ込まれた窓ガラスはいっせいに割れ、それらはすべてはるか彼方へ飛ばされてゆく。
ボクたちはバッシュノードの影に隠れて直撃は免れたものの、衝撃波の予波は激しく体を打ち、飛来するガラクタから身を守るために小さく体を丸めていた。
「ああ………」
だれも何も言えない。
大都市ひとつを完全に踏み潰している巨大な下半身は鱗に覆われた魚。
はるか天空にそびえる上半身はヤギの巨大な怪物がいま、顕現した。
街のほとんどの人たちは、突然の衝撃波になすすべなく飛ばされ潰され、生きている人を見ることはなかった。
ボクたちは、ただ、世界最強国を壊滅した巨大なシルエットがそびえたっているのを唖然と見上げるだけだった。
「間に合わなかったわ……」
「これを阻止するために脱走までしてきたのに。なんの意味もなかった」
「嵐がひどい。いったん無事な建物に入ってやりすごそう。使えそうな場所を探してくる」
いち早く正気に戻った暁斗は、避難できそうな建物を探しにかけていった。
衝撃波の予波は、なおも嵐となって吹きすさんでいる。これを突っききってシュラハサに向かうのは、たしかに無謀だろう。
暁斗はすぐに戻ってきた。
「使えそうな建物を見つけた。すこし先のスタジオだ。防音仕様のせいだろうが、けっこう頑丈そうだ」
「ありがとう暁斗くん。アメリア、行きましょう。……アメリア?」
暁斗とレイラさんの声にも反応せず、ボクはなおもシュラハサの巨大なシルエットを見続けたままだった。レイラさんはボクの肩をつかんでゆすった。
「しっかりしてアメリア。今は退避しましょう」
「聞こえる……」
「え?」
「レオナルド・シルヴァリオがシュラハサの中で今もギターを弾いている……」
メエエエエエエ………
響くは、シュラハサのヤギの鳴き声。
その声が、なぜかボクの耳には荒々しいギターの音に聞こえる。
「あの状態でギターを弾いているの? アンプなんかの機材も潰れているでしょうに」
「今はそれより避難だ。二人ともついて来てくれ」
街を歩いてみると、そこはひどい有り様だった。あらゆる建物は倒壊し、それに潰された人たちは多数。車さえも吹き飛ばされ、いたるところに横転している。
ざっと見渡しても、生きている人は見当たらない。
「ひどいものですね。本当に誰も生きていないみたいです」
「パパはこんな事態になることを知っていて、シュラハサが顕現させたの?」
「二人とも、今は被害を見るのはやめよう。見つけたスタジオはそこだ」
暁斗の案内でたどり着いた音響スタジオは奇跡的に倒壊はまぬがれ、そのままの形で残っていた。しかし当然ながら鍵がかかっている。
「またベーネダリアの出番ね。本当に便利な子だわ」
まったくだ。戦闘しか出来ないバッシュノードとはえらい違いだ。
レイラさんの召喚したベーネダリアで鍵をこじ開けて入ったスタジオは、好都合にも誰も居なかった。しかしながら灯りをつけようとスイッチをパチパチしてみても、まったく反応がない。
「灯りがつかない。電気が通ってないみたいだ」
「電線が切れたか発電施設が潰れているのかもしれないわね。でも大丈夫」
レイラさんがベーネダリアに命じると、彼女は発光して辺りを照らす。本当に役にたつ星宮獣だ。ともかくこれで一息つくことが出来る。
「さぁて。これから、どうすっかな」
「パパは私たちに、ここからアイツを倒せっていうの? 無茶にもほどがあるわ」
二人ともシュラハサを倒すことを諦めているようにも見える。
でも、ボクは戦うことを諦めたくない。
レオナルド・シルヴァリオは尊敬するアーティストなだけに、魔王になった彼を救いたい強い気持ちがあるんだ。
「でも……気持ちだけじゃ、どうにもならないんだよね」
ふと見ると、スタジオの片隅には、ギターが何本か無造作に置いてある。
「ありがたいな。今はこれで少し気持ちを落ち着かせたい……て、アコースティックは無いの?」
置いてあるギターは、みんなエレキギターばかり。
当然、電気が通っていない今は弾くことはできない。
「ハァ、せっかくのギターも感触を楽しむだけか。まぁ、それだけでもいいけどさ」
手にした音の出ないギターの弦を、ピックで無造作に弾いてみる。
ラーラララーララララララ♪
おや? ベーネダリアが、ボクの弾くリズムに合わせて歌いはじめた?
「どう? ベーネダリアにあなたのリズムで歌わせてみたわ。少しは気分転換になるでしょ」
「へぇ、そんなことが出来るんだ。じゃぁ、これは?」
弦を早弾きしてみる。
するとベーネダリアは、それにも合わせてリズム通りに歌う。
「大したものだね。でも、どうやって? まさか弦の動きを見て合わせているんじゃないよね?」
「ベーネダリアをギターに同調させて歌わせているのよ。もともと聖なる調べを歌わせる時も、頭の中で習っていたバイオリンを弾いて、そのリズムで歌わせているわ」
「なるほどね。星宮獣には自分のリズムで歌わせることが出来るのか……………ハッ!」
脳内に閃光のように直感が走った。
思わずギターを高速テクで早弾きする。
ベーネダリアはそれに合わせ「ラララララララ~♪」と歌う。
「見えてきたよ」
「え、なにが?」
「ってか、話をするならギターを止めろ。『ラララ』で聞こえやしねぇ」
「シュラハサと戦う方法がさ。コレを使えば、相手のサイズは関係ない」
ボクは、さらに激しく弦をはじく。
戦いに赴くときの、自分の得物をたしかめるように。




