36話 磨羯宮の影
「君が予定通り暁斗くんとともに逃げ出したときだ。私の側近の人馬宮のマスターが勝手に追っていってしまい、暁斗くんのプラーナキアと戦った。彼には私の真意は伝えていなかったのでね」
「なんのこと? そんな事実は無いわ」
「あったんだ。私が君達の時間を戻したせいで忘れているがね。その追撃戦で、プラーナキアは半壊した。さらには君も処女を失っていたせいで、ベーネダリアを召喚出来なくなっていた。このままでは、テロリストの操る星宮獣を倒すことが出来なくなってしまう」
「じゃあ、ゾディファナーザの裏切りは?」
「彼女が君達の代わりを務めるためだ……と思っていたが。人格まで別の人間になっているとは思わなかったね」
そうか。ゾディファナーザは何らかの事情で星宮獣と直接戦うことは出来ない。
肉体をボクに渡して、代わりに戦ってもらっているというわけだろう。たぶん。
「いろいろ説明ありがとうございます、ドクター・ベウム。で、いきなりボクたちの味方みたいな立ち位置になった理由は?」
「そうね。パパの目的はなに?」
ドクター・ベウムは「スッ」と上空のメリサストローアを指さした。
「破壊された星宮獣の活動エネルギーは、メリサストローアの瓶に集まる。文字通り宝瓶だな」
「エネルギーを集めることが目的?」
「そうだ。メリサストローア単体の時間逆行能力は局地的にしか行えない。それに生物の死をくつがえすことも出来ない。だが他の星宮獣のエネルギーを得て能力を使用した場合にはより広範囲に、そして死すらくつがえす」
またまた設定を思い出した。全13話だから、終盤は駆け足で設定の説明とかしてくるんで、けっこう忘れてるんだよな。
「つまり、全世界の時間を過去に戻すことが出来る。過去をやり直しをしたいんですね、あなたは」
「そのためにブラック・ゾディアックなんて組織を! 多くの人間を殺しまくるテロ組織なんかを!」
「世界が過去に戻れば、死んだ人間も生き返る。すべてを無かったことに出来る。文句はあるまい」
本当に多くの悲劇を生んだ罪まで帳消しに出来るのか。
ボクにはわからない。
だからとりあえず、ドクター・ベウムとゾディファナーザのシナリオを見届けるしかない。
「それで? わざわざそこまで教えていただけるということは、もう準備は整ったんですか? これから過去に戻すんですか」
「まだだ。ゾディファナーザによれば、私の望む過去に戻るには星宮獣五体分の破壊が必要とのことだ。あと一体の破壊を君らに願いたい。その対象も決まっている」
「そんな勝手な要求を私たちが受けると思うの、パパ?」
「やってもらわねば世界が崩壊する。山羊は育ちすぎたのでね」
「はぁ? 世界と……山羊?」
「山羊は磨羯宮の星宮獣のことですね。ええと……たしか願いをかなえる星宮獣でしたか」
「そうだ。その危険性も承知しているかね?」
「無限に成長する。それが他の星宮獣より危険な理由でしたね」
磨羯宮回とその設定を高速で思い出す。
磨羯宮の星宮獣の名はシュラハサ。マスターになった人間の願いをかなえつつその欲を喰らい、さらにはマスターに魅せられた人間たちの想念までも喰らう無限成長タイプの星宮獣だ。
で、話はというと。
地下アイドルの女の子がマスターになって急速に売れ出した。彼女のファンの暁斗は応援のさなか、星宮獣の気配を感じる。
やがて彼女が磨羯宮のマスターだと判明した時は、人気絶頂でかなり危険な状態のとき。
一万人規模のコンサート会場でシュラハサは顕現し、その体長は七十メートルもの巨大なものに成長していた……という話だったっけ。
そういえば、サクラモリに来たころシュラハサの情報も話した。
ただその後、地下とメジャー双方のアイドルを調べても、マスターらしき女の子は発見されなかった。
なので長く保留となっていて現在にいたる。
「磨羯宮のシュラハサは無限成長タイプなだけに、マスターによっては危険なものになりかねませんね。誰に渡したんです?」
「言えば、戦い倒してくれるかね?」
「それは……」
あまり戦いたくはない。
おそらくマスターは、これまでのような破壊と殺戮に狂ったテロリストというわけではないだろう。
ただ夢を見て、かなわなくて、それでも諦めきれなくて、星宮石の力に手を出した一般人。
その人を殺さないといけないのだ。
それでも、ボクの甘さが大惨事を引き起こしかけた……いや、引き起こした未来を見た今となっては、非情になることを恐れるわけにはいかない。
人殺しを恐れて退いた先には、何百人もの悲劇しかないのだ。
「やります。でもあなたにも、星宮石を広めて惨事を引き起こした責任はとってもらいます。いつか必ず」
「フッ、いいだろう。では、磨羯宮のマスターを教えよう。その名は……」
ゴクリ。
『育ちすぎた』って、どのレベルだ?
トップアイドルとかだったら、そうとうヤバい。
戦う場所にもそうとうな被害がおよぶと思う。大丈夫か?
「アメリカのギタリスト&シンガーのレオナルド・シルヴァリオという青年だ。場末のライブハウスで見つけた彼だが、現在はそうとうな知名度を持っているらしいな」
ブフォオーー!!
「ち、ちょっと待って、パパ! それって、あのシルヴァリオ!? 今季最大のロックスターのあの?」
「どのスターのシルヴァリオか知らんが、多分それだろう。観測した結果だが、そうとうな危険域となっている。もしシュラハサが顕現したなら、その体重だけで都市ひとつが壊滅するだろう。ましてや特殊能力の『ヤギの嘶き』が発生したなら、どれだけの人間が狂い死ぬのか」
「あのロック王子に星宮石を渡すなんて! なんてことしやがりますか、あなたは!」
「私が彼にそれを渡した時は、場末のライブハウスの売れないミュージシャンだった。現在の姿は、星宮石を上手く使い育てたものだろう」
くっ、しかしまさか、全米ロックスターがマスターだなんて。
ギタリストとしてボクもコピーとかしているし、好きな曲もある。
そんな彼の元にある星宮獣を倒し、彼にも死んでもらわなければならないなんて!
「つまり、思わぬ強力になりすぎた彼の元の星宮獣の始末を頼むために、ボクたちの元に現れ、ヘルマスクを倒す手伝いをし、説明までしてくれたというわけですか」
「そう思ってもらっても構わない。話は以上だ。ではな」
上空のメリサストローアは降下してきて、ドクター・ベウムはそれにヒラリと乗った。
「待ちなさい! 姉さんは……どこに居るの!」
ドクター・ベウムは「フム?」と首をひねり、ボクに聞いて来た。
「アメリアくん、君はマリーの行方について何か知っているかね」
「……? いいえ。なんでボクが」
「そうか。君はかなりの事情通のようだが、意外にもそれについては何も知らないのだね」
レイラさんは、ドクターのその態度に激昂する。
「答えなさい! お姉ちゃんはどこ!?」
「答えてやってもいいが、それは磨羯宮を倒したご褒美にしておこう。ではな。がんばりたまえ」
今度こそドクター・ベウムはメリサストローアとともに空へ去ってゆく。
「ふざけて! アメリア、つかまえて!」
「………いえ、ここは行かせましょう。ヤツの宿題をどうするかを考えないと」
なにしろ今度の標的は、誰も殺したことも、犯罪すら犯してないであろう一般人。
しかも、ボクも知っているロックスターなのだ。
とてもドクター・ベウムを捕まえるどころの精神じゃない。
「…………やっぱり重いな。憧れを倒さなきゃならないのは」
ポツリ、それだけの言葉が口からこぼれた。




