27話 海の魔王の最期
あたりは一面に水蒸気の白い霧。バッシュ破壊光線で煮立った海面から、とめどなく噴き上がってきているのだ。
ボクはというと暁斗と一緒にソーサーに乗って海面から浮いている。
真向いにギルスレインに乗ったミランダと相対している。
ああ、戻ってきてしまったんだな。せっかく元の世界に帰れたってのに。
自分から望んで願って戻ってしまったんだから、誰にも文句なんか言えないんだけどさ。
「お、おいアメリア。大丈夫か?」
「大丈夫です。それより出てきますよ。海中にコソコソ隠れているネズミが」
「なに?」
戻ってきてから、目で見えない場所にいるバッシュの様子も感じとれるようになった。星宮獣使いとしてレベルが上がったんだろうか。
とにかくそのお陰で、海に引きずりこまれてピンチになっていたバッシュの様子が視えたのだ。
海中でビークレザロに嬲られるバッシュノード。それを救うための逆転の一手こそバッシュ破壊光線だった。
直撃は避けられたが、周囲の海水を沸騰するほど煮立てた。もっともそれは、星宮獣のビークレザロにとってはなんて事の無い話。
でもそれに乗っているアブロディはそうはいかない。
水の中で呼吸はできても、熱湯にまで耐えることは出来ないのだから。
ザバアァァァッ
「来ました」
海面の一角から、ひときわ大きな波音をたてて巨大な魚が浮上してきた。それはそのまま空中に浮き上がる。その怪魚の背中に乗っている男こそ――
「アブロディ・ティーチ!」
「ぐおおおおっ! 糞ッ、やってくれたな、死にぞこないのエモノがあああっ!!」
アブロディの全身は真っ赤に焼けただれて、全身大火傷だ。
バッシュの反撃がそうとう効いたのか、理性を失い悪態を大声で叫びまくっている。絶好の狩り時か。
「アブロディ、温まりましたか? カンカンに熱く沸かしてあげましたよ」
「クソガキィ! テメェかああっ!!」
アブロディはビークレザロの頭をこちらに向け突っ込んでくる。
ああ、馬鹿だな。自分の星宮獣の性質すら忘れている。
ビークレザロの水を操る特殊能力は津波を起こすほど凄まじいものだが、本体のパワーや耐久性はさほどでもない。
つまり水から上がって本体をさらすことは、文字通り陸に上がった魚なのだ。
「来るか!?」
「大丈夫ですよ、暁斗さん。ソーサーを飛ばさないで」
ザバアァァァッ
ビークレザロがこちらに突入する寸前、手前の海面が大きく浮き上がった。
そこから飛び出した巨大な黒い塊は、獣の動きでビークレザロを捕らえた。その漆黒の巨大な獣こそ――
「バッシュノード!?」
「ボクたちの手前で伏せさせておきました。ビークレザロのスピードは相当なものですからね。罠を張らなきゃ捕まえられません」
バッシュノードに捕まったビークレザロに抗うすべは無い。
さんざん海中で嬲られてボロボロに傷ついたバッシュノード。
されどその目は怒りと復讐に燃えている。
「ウオオオオオオオンッ」
巨大な咆哮をあげ、ビークレザロを解体にかかる。
爪で鱗を引き裂き、大顎の牙で背骨を噛みちぎり、みるみる小さくなってゆく。
そしてアブロディも一緒に地獄を味わう。
「ぐわあああっ、やめろ糞が! ギャアアアアッ! ヤメロヤメロォ!」
このために戻って来た。
ナマイキな百合娘がいなくなった寂しさを、悔しさを、ただ晴らすためだけに。でも――
ブウンッ
ビークレザロは真っ二つに引き裂かれ、天空へ大きく投げ飛ばされた瞬間に消えた。完全破壊だ。
アブロディの体だけがこちらに降って来た。
当然死体だ。ただ双魚宮の星宮石だけが懐から零れ落ちた。
「ボクはどうして戻ってきたんだろうな。メイのかたき討ち。それだけかな」
元の自分を思い出した。家族も友達も。
そこで自分のやってきたこと。これからやりたいこと。
ボクはそれらを全部捨ててきてしまったのかな。
――やっぱりアンタも寂しいんじゃない
かつてのメイの言葉が聞こえる。
ああ、寂しいよ。君の言った意味とは違うけどさ。
メイ。君とは寂しいもの同士似た者同士だったのかもしれないな――
「あっ、ミランダ! 待て!」
暁斗の声に振り向くと、ギルスレインがすごいスピードで飛び去ってゆく後ろ姿が見えた。
「状況不利とみて逃げを選択しましたか。さすがに追いかけるのは無理ですね」
バッシュノードはかなり傷ついているし、レイラさんも…………ハッ!?
「ああっ! レイラさんはどうなったんです!? たしかベーネダリアがメフィストにやられて!」
「しまった! レイラさん!」
「…………え?」
レイラさんがいた場所に急ごうと、ふり仰ぎ見た光景。
それは彼女が戦っている姿でも、やられたあとの始末とかでもなく。
互いに人型の星宮獣の上に乗った二人が、なにか話している様子だった。
「どういうことだ? なんであの二人は戦わないんだ?」
「なにか話して………いえ、それよりメフィストの顔が?」
メフィストの顔には、いつも被っているあの笑顔を模した仮面が無かった。
遠目から見えるその素顔は、意外なほどの優男。
アブロディのような残忍な凶相を想像していただけに、かなり意外だった。
「どうします? なにか情報を聞き出しているなら、邪魔をするのは考えものですが」
「情報ならとっ捕まえた後に聞き出せばいいさ。今はメフィストを捕える最大のチャンスだ」
「ボクもそう出来れば良かったのですが。さすがにこれ以上は、バッシュノードの制御が限界です」
星宮獣使いとして成長は出来ても、制御時間の短さは変わらずだ。
暴走一歩手前の状態だし、バッシュノードを戻そう。
「むっ、メフィストの野郎が?」
見ると、メフィストの乗ったセバイラヴィッシュがレイラさんの乗るベーネダリアから離れてゆくのが見えた。
レイラさんはというと、それを黙って見送っている。
たしかに半壊状態のベーネダリアじゃ、奴を止めることなど出来ないだろうが。
それにしても、雰囲気に敵対的な様子や緊張感らしきものが感じとれないのは、どういうことだ?
「糞っ、このまま、みすみす逃がしてなるかよ!」
暁斗はソーサーを全速にしてメフィストを追おうとする。
ボクも乗っているんですけど。振り落とされないか心配だなぁ。
しかし……
――「待って! 暁斗くん、あの人を追わないで。行かせてあげて!」
レイラさんの叫びに暁斗はソーサーを止めた。
「あの人……? レイラさん、まさかアイツの正体を知っているのか?」
レイラさんは何も答えず、ただアイツの去っていく姿を見ているだけだった。
こうしてボクたちの海上決戦は終わった。
世界でもっとも危険なテロリストのアブロディ・ティーチは倒したものの。
その成果だけで今回の問題を埋め合わせることは、とても出来ないほどの甚大な被害だった。
肝心の麻薬女王ミランダは逃がしてしまったし。
なにより日本とアメリカの最精鋭である特殊部や情報オペレーターは全滅。
これは日米双方の上層部に深刻な問題を与えた事態になった……らしい。
上に炎上起こらば、下は火消しに奔走する。
その言葉通り、帰ったボクらはさらなるキツい任務を負わされるのであった。




