21話 覆面五人衆
決闘指定当日 千葉県某所九十九里浜
日本最大級の海岸という触れ込みのこの場所。そのとおりに海と砂浜がどこまでも続いており、沖合は静かな波の音をたててカモメが空を舞う。夏も終わりのこのシーズン、観光客もまばらだ。
そんな海岸近い砂浜の上に、ボクと暁斗とレイラさん。三人そろってミランダを待つ。
「平和ですねぇ。でもあの人たち、避難させなくていいんですか? これから、この場所は暗黒組織の大物幹部暗殺の場になるのに」
「一般人を入れているわけないだろう。あの人たちは全員公安か自衛隊員、もしくは米から派遣の特殊部隊の人間だ。見えるだけでなく砂浜の地中にも幾人も潜って隠れている。包囲網は完璧だ」
「おだやかな光景は日米両機関の渾身のセットというわけですか。ボクら、大作映画の主役みたいですね」
「たしかに服の上からでもわかる。あの人たちの筋肉は実戦用だわ。軍人だってことはバレバレね」
「ああ、みんな強いな。さて。もうすぐ時間だが、こんな脱出不可能、生還不可能な狩り場のド真ん中に、本当にアイツは来るのかね」
そんな暁斗の言葉に応えるかのように、ボクらが耳に装着している連絡用インカムからオペレーターの連絡が来た。
『全員集中。来たぞ。標的が乗っていると思われる小型ボート二隻がそちらに向かっている。各三名ずつの乗船。うち一人は人質の少女と思われる』
「接近は海からですか。想定の一番上ですね。陸や空からの場合なんかも考えられていましたけど」
「メイを連れてきたわ。なら私たちもアメリアと一緒に対面ね」
「相手は小細工無しか。やっぱ射殺で終わらせるのは気が引けるな。倒すにしても堂々勝負して終わらせたいぜ」
「暁斗くん、気が緩んでいるわよ。アイツらが何かを企んでいるってことはほぼ確実視でしょ。ここからは騙し合いの場。正々堂々なんて考えは捨てなさい」
「ははっ。レイラさんって、三年前からそんな冷静な参謀タイプだったんだな。あまりにも変わってなくて安心するぜ」
やれやれ。ボクの目の前でイチャイチャしてからに。
しかし、これからミランダに相対するのだから、ボクも緩んでなんていられない。
まずはやって来る五人がどんなヤツラかだ。
「それでオペさん。メイ以外の五人はどんなヤツラです。標的のミランダはちゃんと居ますか?』
『不明だ。容姿その他がまったくわからない』
「どういうことです?」
『メンバー五人全員が覆面に厚手コートを着ていて容姿を見せない。標的の確認を君らのチームに頼む』
「…………了解。会話でミランダの有無を確認します」
オペさんの情報を聞いたあと、みんなは何とも言えない表情をしていた。
「少なくとも相手は自分らが狙われていることを自覚してるわ。やはり何か狙っているわね」
「ま、出たとこ勝負だ。俺たちの役割はメイを助けること。それに全力だ」
やがて二隻の小型ボートはボクたちの目の前の浜辺に到着。
報告にあった通り人数は五人。全員が覆面と厚手のコートを纏っている。
そいつらは次々にボートから降りてきて、最後の一人に押されるようにメイも降りてきた。
「メイ! 無事ね?」
「はい! レイラさん、逢いたかった!」
見た感じメイの身体に異常はない。とりあえずは一安心か。
「アメリア、正念場だ。まずはメイの解放を要求。それから決闘の開始をうながして、ミランダに素顔を出させるんだ」
「はい。ですが言っておきます。あの五人のうち二人は人間じゃありません。星宮獣です」
「なに!?」
「わかるんです。星宮の巫女の力で」
「そうか……やはりバッシュの力も借りなきゃならんかもだな。しかしまずはメイだ。解放を呼びかけてくれ」
「了解です」
さて。五人の体形をよくよく見れば、男女の違いくらい分かる。
たぶん女は一人だけ。
メイの後ろで彼女にニラミをきかしているのがそうだ。
病院で見たアイツの背格好とも一致する。
「ミランダさん、お久しぶりです。顔を隠しているけど、あなたでしょう?」
「そや。ゾディちゃん、久しぶりやなぁ」
メイの後ろのヤツが覆面をとって顔をさらした。それはやはりミランダ。
ミランダの確認もあっさり果たしてしまった。
これで特殊作戦チームは動けるワケだけど、いちおうメイが向こうに居る間は待ってくれるようだ。
「約束通りボクは来ました。これから決闘をいたしますので、そちらも約束を守ってメイを渡してください」
「いや、やらんよ。決闘なんて。だって勝てんし」
「は、はぁ?」
「ギルスレインは星宮獣の中じゃ非力やからね。闇に紛れての暗殺なら無類の強さを発揮するんやけど、こんなお天道さんの真下で星宮獣バトルなんてお門違いもいいとこやね」
いや、そうなんだろうけどさ。
今日の用事をあっさり否定されたら、こっちはどうすりゃいいの。
「じゃあ今日の決闘は? 何かの罠ですか?」
「そや。聞きたい?」
またまた、あっさり白状した。なんなんだ、この女は。
落ち着け。相手のペースに呑まれるな。
とにかくメイを取り戻さないと銃撃が始まらない。効かないだろうけど。
「聞きたいです。でも、まずはメイを放してもらいましょう。何を企んでいるか知りませんが、メイは絶対に返してもらいます」
「そやね。ウチの遊びで、この子にもつらい思いさせたわ」
「ポン」と肩を叩かれたメイは怯えている。
アイツの優しそうな面も、肉食獣の笑みのような凄みがあるんだよね。
「ほれ、行ってええで」
「トン」とミランダはメイの背中を軽く押す。
それを合図に、メイは小走りにこちらへ駆けてくる。
あんまり良い人ぶるな。ちょっと気が引けちゃうだろうが。
「レイラさーん、怖かったぁ」
真っ直ぐレイラさんに向かって駆けてくるメイは、やっぱり可愛いかった。
やれやれ。中身はクレイジーでサイコな百合娘だってのに。
ツインテールが頭の上でぴょんぴょん跳ねて、花のような笑顔のメイ。
まったく、眩しいくらい可愛い――
――ズバァッ
「…………え?」
「ありゃ?」
「メ……メイ!?」
――何が起こったのか分からなかった。
ただ、その光景が信じられなくて、茫然と見ているだけだった。
メイの首が胴体から離れて飛んでいるなんて……嘘だよね?