19話 ミランダの招待状
ボクらの怒りの眼差しを受けながら、ミランダは平然と笑う。
しかしドアの向こうからは惨劇の悲鳴が絶え間ない。
糞、いったいどうすればいいんだ?
「おっと、忘れてたわ。これ、ゾディちゃん宛の手紙。暁斗クンをさらったあとに置いとく予定やったんやけどな。せっかく書いたんやし、ここで渡しとくわ」
ふいにミランダは懐から出した手紙をボクに渡した。
「ここまでして、ボクに何をさせるつもりだ」
「今回ウチはあんまり悪いことしとらんと思うよ。ただ、かかってきたから反撃しただけや。被害でかくなったんは、アンタらが甘すぎなだけやで」
誰しもミランダの言葉に反論できない。
無策のままヤツに手を出すべきではなかったのだ。その結果がこの惨劇か。
あ、なら一番悪いのはレイラさんということに? ……考えるのはやめよう。
「ゾディ、とにかく読んでみなさい。何の要求をしてるの?」
「えーと、『拝啓とつぜんですが、あなたの仲間の狭間暁斗クンはウチが預かりました』……預かってないね」
「その部分は忘れてぇな。恥ずかしい」
可愛いポーズとかするな。萌えないから。
「『返して欲しい思うんなら、ウチのギルスレインを見事バッシュノードで倒してみぃ』???」
ギルスレインは天蠍宮の星宮獣の名だ。
しかしなんだ、この要求は。まるでこれは……
「『場所は九十九里浜の以下の場所。最強の星宮獣の座を賭けて正々堂々、一対一で勝負や! 逃げるんやないでぇ』……だそうです」
熱い挑戦状! まるで前時代の番長漫画。
海岸砂浜の上で最強を懸けて決闘勝負! 陽が落ちるまで拳握りしめ殴り合う!
ああ……ロマンだ。
「……バカなの? テロ組織の大幹部が、なんで星宮獣のケンカ最強とか目指してんのよ」
「俺はちょっと羨ましいし憧れるぞ! くううっ参加してぇ。俺もプラーナキアが使えてたら!」
「あなたもバカなんですね。男って、どうしてこう……」
女の子たちには呆れられている要求だけど、ボク的には正直ありがたい。
ミランダはとてもボクらが手に負える相手じゃない。けどバッシュノードを使った作戦なら、倒す目は十分にある。
ここはカッコよく勝負を受けよう。
「わかった、やってやる。なんの関係もない病院の人たちを巻き込んだお前だけは、許すわけにはいかない。その決闘勝負で報いを受けさせてやる!」
「あはは、熱いリアクション素敵やね。んじゃ用事も終わったし、ウチは帰らせてもらうで」
ミランダは手のひらをヒラヒラふって背中を向ける。
「このまま帰らせていいのか……」
「やむを得ないわ。アイツと構えるのに手段が無さすぎる。今起きている病院の惨劇を放っておくわけにもいかないし」
ドアの向こうからは、なおも悲鳴や物が壊れる音が響いてくる。
たぶんボクたちが急げば、助かる命もあるはずだ。
「行きましょう。アイツのことは、あとで決闘でケリをつける方法を全力で考えるわ。ワナの可能性も含めて」
そうと決まれば、ミランダにかまっている暇はない。
ボクたちはヤツから背を向け、ドアから出ようとしたのだが。
最後尾にいたメイが「きゃあっ!」と大きな悲鳴をあげた。
見ると、メイはミランダの蠍の尾に巻き付かれ、ヤツの上に高々と吊るされていた。
「せっかくやし、この娘は預かっておくで。暁斗クンのかわりやね」
「なっ、メイ!? やめろ。人質なんかとらなくても、勝負には行くから!」
「こういうのはお約束の様式美っちゅうやつや。大事な仲間の命が懸かってたら、燃えるし本気度も違うやろ? 心配せんでも当日キッチリ返したる」
「ふざけるな! 仲間を奪われて黙ってられるか!」
暁斗は踵を返し、ミランダに殴りかからんと拳を振り上げる。
「おっ、やるか? 男の子やなぁ。狭間くんのカッコイイ体、どんくらい頑丈か試してみようか」
ダメだ! ミランダには、今はかなわないと結論したばかりじゃないか。
それにこのまま行かせたら、暁斗も獣人化してしまう。
あの身体能力の暁斗がそうなったら、どれだけの被害がでることやら。
被害は病院内だけに収まらないかもしれない!
「やめなさい、暁斗くん!」
「ドンッ」とレイラさんが体当たりをして暁斗を止めた。
そのまま腕をつかんで暁斗が飛び出さないように抑える。
「……レイラさん?」
「メイ、ごめんなさい。必ず助けるから、少しだけがまんして」
「なっ!? なにを言うんだ、レイラさん!」
レイラさんは哀しみの目でメイを見つめる。それだけで暁斗は動けず、メイも叫ぶのをやめた。
「わかりました。待ってます、レイラさんが助けに来るのを」
いや、メイ。助けに行くのはレイラさんだけじゃなくて、むしろボクが戦うんだけど。いや、いいんだけどね。
「上出来や。賢いなぁ、レイラちゃんは。んじゃ、決闘の日を楽しみにしてんで。バイバイキーン」
窓から出ていくミランダを、もう目で追ったりはしかなった。
どんなに情けなくても、恰好悪くても、今は我慢するしかない。
「ボクも必ずメイを助けると誓います。バッシュを使って必ずアイツに勝ちます」
「……ええ、お願いね、ゾディ」
「あと、ボクはアメリアです。表向きゾディファナーザの名は使えませんので、そっちでお願いします」
「……そうだったわね。私の妹、だったわね。おぼえておくわ」
ともかく、暁斗とレイラさんは病院内の獣人化した機動隊員らを拘束し続けた(ボクは役立たずでした)。
獣人化した人たちもベーネダリアの解毒で元に戻し、夕方には事態を鎮静化することが出来た。もっとも死亡した人はかなりの数で、痛ましい結果になったけど。
現場で一通り被害者への治癒を終えたなら、あとは応援スタッフにまかせて、桜庭さんに報告だ。現場に来ているというのでそこに向かうと、そこにサクラモリの車両が見えた。
しかしそこからは誰かが激しく声を張り上げていた。
――「桜庭ァ! 今度という今度は許さんぞ!」
見るとそこには警察の制服を着たオジサンが桜庭さんにくってかかっている最中だった。
「前回貴様の要請に従い貸し出した精鋭は、半分が殉職で半分が赤ん坊にされた! しかも我々の城である警視庁本部庁舎は木っ端みじんにされその時の人的損失も相当だ! そして今回だ。地方から集めやっと再建した実働部隊だったのだぞ! それが民間人を襲い人食いだと!? どうなっているのだ!」
あ、もしかしてあそこで怒鳴っているのは、警察のえらい人?
しかし改めて聞くと、警察の被害はエグいな。
「どうします? 始まったばかりで長びきそうだし、報告は明日にします?」
「嫌よ。メイの命もかかっているのよ。対策を明日からなんてあり得ないわ」
「だな。ヤツとの勝負はすでにはじまっている。一刻も無駄になんか出来ない」
そう言うと、暁斗は揉めている偉い人二人の間にわって入っていった。
「お話中申し訳ありません。自分らは桜庭管理教官に至急報告し、対策を協議しなければならないことがあります。どうか今日のところは教官を開放していただけないでしょうか」
「ナニィ? なんだ貴様は!」
「自分はサクラモリの者です。そして国際指名手配犯の襲撃にあい、応援要請をした者です。結果は痛ましいものですが、やはりあの時は、応援を呼ばないわけにはいかない事態だったことをご理解ください」
「そうか、貴様らが! いいか、この数日で日本の警察の威信はどれだけ低下し、どれだけ治安の悪化を招いたか……!」
「自分の部下に叱責はやめていただけませんか、奥田総監。彼らへの責任はすべて私が負っている」
さっきまで黙って叱責を受けていた桜庭さんが、おもむろに言った。
「なんだと!?」
「そちらの人員と設備に多大な被害をもたらした事は謝罪しましょう。だがこの国際指定は凶悪だ。付近近郊の安全はおびやかされたまま。あなたも治安維持の長なら、怒りを脇に置いてホシを追いかけたらどうです」
桜庭さんはボクらに『来い』とうながし車両に乗った。
さすが暁斗と桜庭さん。それに引き換えボクは本当に役立たずだね。
まぁいいや。ミランダとの決闘で必ず大きな星をあげてみせる。がんばるぞ!