18話 天蠍宮のミランダ
「私はやるわ。暁斗くん、つき合ってくれる?」
「当然!」
「無茶です!」
「よく見なさいゾディ。幸い、私はさっきからベーネダリアを戻し忘れている。あまり戦闘向きな星宮獣じゃないけど、さすがに人間に後れをとるようなことはないわ」
ああ、そういや。ベーネダリアがあんまり人間に近いんで星宮獣なのを忘れてた。
「そしてミランダ。いかに強かろうと、あなたに星宮獣を召喚させなければ、私たちの勝ちよ!」
たしかに……状況を見れば、レイラさんと暁斗に負ける要素は何一つない。
でも不安だ。アニメでミランダの厄介な強さを見ていたはずなのに、どういった戦い方をしたのか思い出せない。
「せやな。ウチ、大ピンチや」
などと言いながらも、彼女は無邪気な笑みを浮かべてなんの戦闘態勢もとらない。この余裕が不気味だ。
ビュビュッ シュッシュッ
暁斗はそんな彼女にもう然とラッシュ攻撃。拳が見えないほど激しく打ち込む。
されど信じられないことに、ミランダはそれをすべて避けている。しかも両手はポケットに入れたまま。
「すごいわね……まぁあなたが”強い”と言うからには、暁斗くんにかなう相手じゃないことは予想できるわ」
「じゃあ、なんでやらせているんです?」
「応援を呼ぶ時間稼ぎ。確実にここで決めたいからね」
レイラさんは携帯を取り出すと、すばやくこちらの状況を相手に伝える。おそらく向こうはサクラモリ本部。これでここにミランダを足止めできれば、ボクたちの勝ちだ。
「さて、連絡もすんだし。そろそろ私も参加するわ」
おかしい。ボクはミランダの様子を見ていたけど、アイツは確実にレイラさんが携帯で連絡しているのを見ている。
なのに止めようともしないし、勝負を急ぐこともしない。こんな一方的な受けには何か意味があるのか?
「ベーネダリア、マキアの聖骸布! アイツを包んでしまいなさい!」
「はいマスター」
ベーネダリアの修道服の下から布がイキオイよく伸びてミランダに向かい、彼女をからめとらんと包む。ミランダは頭からつま先までグルグル巻きにされた。
「ふうっ、やった。口も完璧に押えてあるから召喚もさせない」
え? 終わり? この後におよんでも、まったくの無抵抗で?
「やったな。これで明日からのレイラさんたちの仕事は無くなったな」
「レイラさん、スゴイです! ブラック・ゾディアックの幹部をこんなに簡単にとらえるなんて!」
みんなが喜んでいる中、ボクだけは簀巻きにされたミランダをジッと見ていた。
『これで終わりじゃない』そんな予感が、どうしてもするのだ。
ピリッ
簀巻きから亀裂が走った。
それを見て、反射的にボクは叫んだ。
「離れて! 中から出てくる!」
「そんな……? 人間の力で破れるはずないわ!」
「チイッ!」
暁斗はボクとレイラさんとメイをかばって地面に伏せる。
その瞬間、簀巻きからなにかもの凄く速いものが出てきて、暁斗の頭のあった部分をかすめた。
空中を飛ぶ巨大な毛虫?
それは空振りしたあとも落ちることもなく、ウネウネと動きながら空中にとどまっている。
よく見ると、それは簀巻きから出て来たミランダの尻から出ていた。
蠍の尾? あ、そうか。思い出した。アレこそがアイツの必殺の武器!
「いやぁボスの娘さん、処女宮使えるんやな。メフィストはんに大人にされて、使えんようなった聞いてたんになぁ」
「な、ナニィ!!!?」
「ええっ!?」
「ど、どういうことだ、それは!」
「あ、コレか? コレは部分召喚ちゅうてな。星宮獣の一部を借りて自分のモンにするんよ。召喚より手軽で重宝してますわ」
ミランダは蠍の尾をブンブン嬉しそうにふりまわして説明する。
いや、知りたいのはそっちじゃなくて。
「そうか……いや、それも貴重な情報だが、それより! レイラさんがメフィストの野郎と関係したって話だ!」
「あ、そっち? でも知らん。ドクター・ベウムはんに挨拶したとき、ちょい耳にはさんだ話やしな。興味ないんで深掘りもしとらん」
くそう、役にたたん女め。
いったい何がどうなって、レイラさんがメフィストのやつと関係するにいたったんだ。
と、その時。ドアの向こうが、やにわに騒がしくなり、やがて大きな音をたててドアが開かれた。そして完全装備の機動隊が複数人がなだれ込んできた。
「無事ですか? いますぐこの国際重犯罪組織容疑者を確保します。みなさんは我々にまかせて……ぐはっ!?」
機動隊の隊長らしき人の首筋に蠍の尾が突き刺さった。
入ってきた瞬間を狙った早業だ。
「ははっ、ようやっと来たな。壊していいオモチャが」
蠍の尾は突き刺した隊員を無造作に持ち上げると、イキオイよく振り回し、機動隊の集団に叩きつけた。
「「「ぐわあああッ!!」」」
十数人もの機動隊は将棋倒しに崩れて倒れた。すごい膂力だ。
「ほいほいほいっ」
「ぐげっ」「ぐわっ」「ぎえっ」
尾棘はまるで宙をはい回る蛇のように倒れた機動隊員の合間を掻い潜り、次々に隊員を刺してゆく。刺された隊員は痙攣をおこしてのたうち回る。
室内は阿鼻叫喚のうめきに満たされ、収集がつかなくなってしまった。
「まいったわね。ヘタに応援なんか呼ばない方が良かったかしら」
「アイツを倒さなきゃケガ人の治療も出来やしない。レイラさん、もう一度やるぞ」
暁斗は倒れた機動隊員の防護盾を拾おうと手を伸ばした。
と、その機動隊員はなにかに弾かれたように跳ね起きた。
「うわっ、大丈夫なんですか? さっき深く刺されたけど気分悪くなったりは……」
「渇ク……アッタカイ血ガ……イッパイ飲ミタイ……」
「なにを言って……なっ! 体が?」
その機動隊員の体はムクムク膨れ上がり、体毛もまでも伸びて毛むくじゃら。これは……
「暁斗さん、獣人化だ! スコーピオンの毒を受けたら、こうなってしまうんだ!」
「そや。手下には毒を調整したモン飲ませとるで。そうしないと始末のおえないバケモンになってもうてな。使いモンにならなくなるのよ」
じ、じゃあ、さっき刺しただけの数が理性のないバケモノに?
「うわああっ、やめてください!」
その機動隊員は暁斗に襲い掛かかり締め上げる。すさまじい力だ。
さらに倒れている他の機動隊員も体が膨れ始め獣人化して起き上がる。そしてギラついた目で低くうなりながらボクらに迫ってくる。
ああ、一転してボクたちの方が数的不利になってしまった。
「メイ、ゾディ、私から離れないで!」
もはやミランダを捕まえるどころではない。
暁斗もレイラさんも、獣人化した機動隊員からボクたちを守るので手いっぱいだ。
ミランダはというと両手を組んで余裕の高みの見物。だけど、さらに最悪を積み重ねる。
「おまえさんら、病院内に散らばれぇ! オイシイ獲物がぎょうさん居るでぇ。新鮮な血とお肉が食い放題やぁ!」
な、なにいいいいっ!?
その言葉に獣人化した機動隊員は一斉に散らばる。ほどなくして、「ぎゃああ」とか「ひいい」とか「助けて!」とか悲鳴が響いてきた。さらに何かが激しくぶつかる音、叩きつけられる音が続き、ついには病院中が阿鼻叫喚に包まれた。
「あっはは、この病院は楽しいテーマパークに早変わりや。みんな楽しそうやろ?」
この女は悪魔だ! 人間じゃない!!