15話 戦いの終結と爪痕
「――くん、アメリアくん、起きたまえ!」
頬をペチペチ打たれる乾いた痛み。絶え間なく名前を呼ぶ大声。
まるで無理やり眠りの世界から引き戻されるような感覚で、ボクは目覚めた。
「…………桜庭さん?」
「おお、目覚めたか!」
最初に目に入ったのは、間近の桜庭さんの顔。
自分が何をしていたのか、どうしてこんな屋外で眠っていたのか、考えをまとめるのに数秒かかった。
「――そうか、ボクは気を失ったんですね。バッシュノードとロムゾールはどうなりまし……」
振り向いた視界に入ったのはオレンジ色に燃えるビル火災の群れ。それを背景に静かにたたずむ巨大な漆黒の獅子。
バッシュ破壊光線。直撃でないはずなのに、ここまでの威力なのか。
「ここ一区は完全に消失した。私の周囲の自衛隊員もひどい火傷を負ったのに、なぜか私と君だけは無事だった」
「そうか、マスター保護の縛り。星宮獣の能力はマスターを傷つけない。桜庭さんはボクの側にいたから破壊光線の余波を受けずにすんだんです」
「そうか……とにかくバッシュノードを収めてくれ。もう敵はいない」
ロムゾールは破壊光線で倒したようだ。でもこれがその代償というなら、割に合わないことこの上ない。夜空に煌々と燃えるビル群を見ながらそう思った。
「バッシュノード、帰還だ。もどれ」
ようやくロムゾールの脅威は終わらせることは出来た。だけどその被害は甚大。
ボクは迎えの車で一足先にサクラモリ本部に帰還させられた。
「これから、どうなるんだろう。この被害じゃ勝ったなんて言えないし」
帰還したボクは自室に外出禁止で置かれた。部屋の外には見張りもついている。
街のあの惨状なら仕方ないけどね。
「少なくとも数万人は死んでいるかもしれないな。『死を呼ぶ少女』どころじゃないよ。『災害を呼ぶ少女』にレベルアップだ」
だけど不思議なのは、痛ましく思っても精神的ダメージがまったく無い事だ。
もう少し良心とか痛んで、ベッドから動けなくなってもよさそうなものなのに。
『これはアニメ。テレビの中だけの出来事で誰も死んでいない』とでも心の奥底で思っているのだろうか。
そんな事を考えているうち、やがてドアからノックの音が聞こえた。
そして疲れた顔の桜庭さんが入ってきた。
「待たせたな。ようやく解放されたばかりでな」
「はい。だいぶ疲れているようですね」
「まぁ大分しぼられたよ。君の星宮獣は制御に問題アリ。そのことを考慮に入れず日本そのものに多大なダメージを与えてしまったことを突かれてね。『毒をもって毒を制する』そのつもりが、結果として倍の毒を喰らってしまったワケだ」
「上手いことを言いますね。でも大丈夫ですか? ボクの相手なんかするより、休んでもらってもかまいませんよ」
「休むわけにもいかんだろう。都心大破壊の責任者としては、な。とにかく現状の調査結果と、これからのサクラモリについて、いちおうの結論は出たので君に説明をしに来た」
「はぁ。それで、どうなりました」
「とりあえず閣僚の方々は無事だ。警視庁庁舎が襲われたときに避難をはじめたのでな。しかし国会議事堂、首相官邸をはじめ重要都市の消失失陥は国民に多大な政情不安を抱かせるだろう。また自衛隊員、警官職員の大量犠牲も深刻だ。治安維持に多大な不安を残した結果となった。さらに……」
「あ、あの。そちらの話はあとで聞かせていただきますので、先にボクに関係のある事からお話しください。まずレイラさんはどうなりました? 金牛宮マスターを見つけたはずですが」
「たしかに日本の現状など君に聞かせてもどうにもならんな。では彼女の安否について話そう。生存している。負傷もない。彼女の補佐についていた鳴海メイくんもな」
「やった! じゃあ無事なんですね。あとで話せますか?」
「いや……無事といえば『傷一つない』という意味ではそうだ。が、やはり無事とは言えんのでな。とにかく彼女たちの説明をする前に、これを見てほしい」
桜庭さんは持ってきたノートPCを取り出し、操作してとある画像をボクに見せた。
「……なんです、これ?」
それに写っていたのは大量の赤ん坊たち。
でもおかしいのは、そこは屋外。吹きっさらしのビルの屋上らしき場所に、みんなハダカで置かれている。
さらに奇妙なのは、赤ちゃんたちの下には大量の警官隊のヘルメットやら防護盾やらアーマーやらが粗雑に置かれているのだ。
「ずいぶん乱暴に赤ちゃんたちを置いてますね。ちゃんと保護とかしたんですか?」
「無論だ。だが問題は、この赤ん坊たちがどこから来たのか、ということだ」
「え? この赤ちゃんたち身元不明なんですか? それにこの話に、レイラさんとメイがどう関係して……あ」
ハタ、と思い出した。この現象には思い当たるフシがある。
たしか最終回前に、ボスの居るアジトに乗り込んだ部隊が、まとめて赤ちゃんにされてしまうシーンがあった。
これを引き起こせる星宮獣。それは……
「まさか宝瓶宮の能力!? 時間を戻すのがヤツの能力なんです。それじゃ、この赤ちゃんたちは精鋭部隊?」
「フム、そういうことか。例のビルに送った精鋭部隊は消失。代わりにこの大量の赤ん坊たちが、どこからともなく現れた。やはりこの子たちは精鋭部隊のなれの果てだったか」
じゃ、じゃあ、レイラさんもついでにメイも赤ちゃんに?
「ただ一つの朗報は、金牛宮マスターと思われる大男がその場に死亡して残されていたことだ。やはりロムゾールは破壊光線で破壊されていたようだな」
「ロムゾールはバッシュ破壊光線の最大火力の直撃をくらったんです。当然マスターも死ぬでしょう」
「ともかく時間を戻すという宝瓶宮のことについて詳しく話してくれ。彼らを元に戻す方法があるのかどうか」
「ありません。その精鋭部隊のみなさんは育てるしかないです」
少なくともアニメにはなかったし、公式設定とかにも出ていなかった。
「そう、か。貴重な特殊部隊の半数が損耗。さらに八十人近くもの幼児保護の負担まで。この先、日本は立て直せるのか」
でもその星宮獣はかなり重要な位置にいる。そのことは話しておかないと。
「話しておかなければならない事があります」
「情報は歓迎だ。なにかね」
「宝瓶宮のマスターのことです。その名はドクター・ベウム」
「なに? それは……!」
「はい。ブラック・ゾディアックの首領。そしてレイラさんのお父さんです」
「なんということだ。ヤツがそこに来ていたのか。レイラくんとどのような話をしていたのか。それを知ることが出来ないのが残念だ」
レイラさんから話を聞くことが出来ない?
ってことは、やはりレイラさんは……
「となると、コレもヤツが書いたものか? アメリアくん、この意味がわかるかね。レイラくんが保護された時に握っていたものだ」
桜庭さんはビニールパックに入れられた紙片を取り出して見せた。このパックは事件現場の証拠品なんかを入れるものだ。
そこにはシンプルにこう書かれていた。
『レイラ。君はマリベルをすでに見ている』
なにコレ?
「わかりません。マリベルって女の人の名前ですか。誰です?」
「レイラくんの姉だ。正しくはマリーベル。ゾディファナーザ、すなわち君が現れた日に姿を消したそうだ。レイラくんの父が何らかの実験によって消失させてしまったと聞いている」
素直に考えるなら、お父さんが娘のレイラさんにお姉さんの生存を知らせたということ。
でも『すでに見ている』って?
お姉さんが生きていて、どこかで会っているってこと?
どうもよく分からない。こんなエピソード、アニメじゃやってなかったぞ。