12話 金牛宮のデスバラン【レイラ視点】
私には姉がいた。研究者である父の助手をつとめていた頭の良い姉だった。婚約者がいて、その彼も父の助手であり、私たち四人は仲良く家族ぐるみの付き合いをしていた。あの頃までは幸せだったのだ。姉が突然に消えるまでは。
ある日、父から姉は帰らないと告げられた。たったそれだけで、姉は本当に居なくなってしまった。
理由をきいても実験中の事故としか告げられない。姉の婚約者も教えてくれない。そして代わりに現れたのが、不気味な異世界少女ゾディファナーザだ。
おそらくお姉ちゃんは死んだのだろう。婚約者のあの人が、あんなにも嘆いていたのだから。
それでも理由だけはいつか必ず問いただす。最悪のテロリストになり果てた父を監獄に送った後に。
――「いけない。また、お姉ちゃんのことを思い出してた。集中できてないわね。これから世界最悪のテロリストを捕まえようって時なのに」
私とメイは現在、被害現場を監視しやすいと思われるビルに侵入。屋上に偵察を送り、その結果を待っている最中だ。やがてお待ちかねの連絡が来た。
『こちらアーチ4。アーチ1、応答ねがいます』
「こちらアーチ1。どう? 偵察の成果は」
『大当たりです。屋上に不審な大男が一人。想定の人物像とも一致しています』
「了解。教官に連絡をとって応援を手配してもらうわ。そのまま監視を続けて」
『了解。待ってますよ ピッ』
通信を終えるとメイは興奮した面持ちで喜んだ。
「すごいですね! アタリをつけたビルに一発ですよ」
「あなたのマップナビのおかげよ、メイ。条件に合う場所を早く簡単に絞れたわ。ありがとう、メイ」
「えへへ。レイラさんのお役にたてて、すごく嬉しいです」
メイは花のように笑った。
やっぱりメイは有能で可愛い子だ。ちょっと私に愛情過多なところが困るけど。
管理教官に連絡を送ると、ほどなくして応援の警官隊が大勢やってきた。
サクラモリは人員が必要な場合、警官や自衛隊に応援要請を送ることが出来るのだ。
ビルの各所をおさえ、屋上への確保人員数十人も完全武装で待機する。
「ビルは完全に包囲しました。万一ここで逃がしたとしても捕らえます。ここからは我々におまかせください」
「ダメよ。相手はブラック・ゾディアックの主要メンバー。どんな特殊能力を持っているかわからないわ。警告なしに眠らせてから確保。それでいくわ」
屋上へ人員とともに上り、いよいよ確保開始。目標の大男は無防備に背中をこちらに向けてつっ立っている。本当にブラゾかと思えるほどの無防備さだが、それでも油断はしない。麻酔銃で狙いをつける。
パシュッ
撃った麻酔銃は見事首筋に命中。あとは倒れた被疑者を確保するだけ……
「倒れない!?」
大男は首筋に刺さった麻酔弾を無造作につかむで握りつぶした。
「フッフッフ、サツか公安か。いや、サクラモリとやらか? いずれにせよ早いな」
「ブラック・ゾディアックのメンバーね。そしていま暴れまわっている金牛宮のマスターはあなた。間違いないわね?」
「そうだ、金牛宮マスターのデスバランよ。星宮獣ってのはじつにいい。夢に描いた大虐殺をかなえてくれるんだからなぁ」
とんでもない快楽殺人鬼だ。父も何故、こんな男に星宮石を授けたのか。
「このビルは完全に警官隊が占拠し包囲してるわ。おとなしく捕まりなさい」
「ほほう、このビルにはサツの糞野郎どもがいっぱい。ってことは、このビルを壊せばすごく面白れぇってことだなぁ? 姉ちゃんよ」
マズイ。この男には、おそらく本当にこのビルを破壊するだけの手段がある。
次の行動をさせてはいけない。
「確保よ! 手足はもちろん口もきけないよう厳重に抑えて。ぜったい何らかの行動は起こさせないで!」
「確保ォ!」と叫ぶ声とともに警官隊はいっせいにデスバランに殺到する。
「フハハ、こういうじゃれ合いは好きだゼ!」
しかしヤツは楽しそうに警官隊を掴んでは投げ飛ばしてゆく。人間を片手で掴んで放り投げるなんて、人間離れした怪力だ。
「レ、レイラさん。なんなんです、アイツ。いくらなんでも力持ちすぎですよ」
「星宮石のマスターで相性の良い人間は、一部星宮獣の力を使えるヤツがいるのよ。あのデスバランってヤツはそうとう牛さんに気に入られてるみたいね」
これだけの警官隊で相手にならないヤツを殺さず確保するのは無理だ。
都心の被害も考えると、手段は一つしかない。
私は私とメイを守っている警官に声をかけた。
「あなたも行きなさい。ただし後ろから私もついてゆく。私をアイツから隠すことを優先して」
「どういうことです? いったい、それにどういった意味が……」
私は彼にチラリと隠し持った銃を見せる。
「それって、まさか?」
「これ以上警官隊に犠牲を出すわけにはいかない。都内を破壊させるわけにもいかない。ブラゾの危険人物に対して超法規的措置が許されている。わかるわね?」
「……自分は何も知らないってことで良いですね?」
「責任はすべてサクラモリが負う。相手はすでに都民を何万も殺しているわ。さぁ、行きなさい」
ダッシュする警官に合わせ、私もそれについてゆく。
デスバランが彼をつかみ投げ飛ばそうとしたタイミングに合わせ、私は銃口をヤツに向け瞬時に額に照準を合わせためらいなく引き金を引く。
タアアアン
「…………!」
撃った弾丸は乾いた音とともに地面に落ちた。
目の前を走っていた彼も、首を落とされて崩れる。
デスバランを捕まえようとひしめいた警官隊も、一瞬ですべて惨殺されていた。
そしてデスバランの前には、仮面をつけた優男がいつの間にかそこに居る。この惨劇をおこしたのは、やはりその男。
「メフィスト……いえ、セバイラヴィッシュね?」
「ええ、お久しぶりですレイラお嬢様。騒がしい夜ですね」
目の前の彼とは別の方向から声がした。そしてそこから目の前の男と寸分たがわない仮面男がもう一人。彼は優しく私の手から拳銃を抜き取った。
これは抵抗しても無駄。私は両手をあげて降参の意を示す。
「なんだ、メフィスト。余計な真似しやがって。せっかくその勇者な嬢ちゃんと遊ぼうと狙ってたってのによォ」
私の暗殺も読まれていたのか。だけどそれも無理はない。
このデスバランという男、見れば見るほど生粋のテロリストだ。おそらく幾度も暗殺を経験し、自身が狙われたことも数えきれないほどだろう。
私ごときの暗殺など、子供がじゃれる程度にしか見えなかったに違いない。
「いつまでも遊んでいられては困ります。バッシュノードは計画通りあらわれました。そろそろ計画を次の段階へ移行する頃合いです」
計画の次の段階? その言葉に猛烈に悪い予感がわいてくる。
メフィストは懐からケースを取り出し、それを開けた。中身は何らかの薬品の入った注射器。
「おおっとォ、そうだったな。いよいよお楽しみだ。へっへっへ」
デスバランはそれを無造作につかむと、自分の首筋にあて「プシュッ」とした音とともに中身を注入した。
「どうです? 組織の開発した新しい強化薬は」
「ああ……キクぜ。なにもかもブッ壊してやりてぇ。ああ、やってやるゼ!」
たしかに強化されている。筋肉のもり上がり方が異常だ。しかし警官隊は全滅している。敵はいないというのに、強化して何をするつもりなの?
デスバランは懐から大き目の石を取り出し掲げる。
金牛宮の星宮石! いったい何を?
「星宮より来たれ。怪力の権能、豪力秘めたる無垢の牡牛。勇み、大地を踏み抜き、あまつ地平を駆け抜ける健脚。幾百勇者の鎧を貫いてきた牛角。幾層に連なる巨壁もその突進を阻むにあたわじ。さぁ解き放とう、黄金の誉れ持つ暴牛よ。怪力無双たる由縁を知らしめよ」
詠唱? でも、ロムゾールはすでに顕現している。
いったいそれで、どうするつもり……
「ロムゾール! 完全開放!!」
「な、なんですって!?」
はるか向こうから、ビルの倒壊する音が聞こえた。
そこに目をやると、ビルに比肩するほどに巨大化した牛人がそびえ立っていた。