10話 蹂躙する暴牛
その夜、都内はとつぜんに現れた一匹の怪物にパニックに堕とされた。
身の丈二十メートルほどの牛の頭と蹄と尻尾を持つ巨人が現れ、帰宅路につく乗客を満載した電車を襲撃したのだ。
高架橋の線路から電車は飛び出し墜落して乗員多数を死亡に至らしめ、さらにはその沿線の駅を襲い、帰宅途中を足止めされて混雑している駅の崩壊は、さらなる死傷者を生み出した。
大量のサイレン、避難を呼びかける拡声器、そして逃げまどう人々の悲鳴。さながら阿鼻叫喚の地獄が都内全域に展開された。
展開される自衛隊の装甲車両も、大量の避難民の波の前には威嚇射撃すら出来ない。結果、ただ無策に踏み潰されるだけの鉄の壁にしかならない始末だった。
「金牛宮のロムゾールね。ニューヨークを襲ったミノタウロスが、ついに日本にも現れたわ」
レイラはモニターに映る暴れる星宮獣を見てつぶやいた。
「うむ。ニューヨークに起こったあの惨劇が東京に再現されるなら、なんとしてもくい止めねばならん。被害状況はどうだ、鳴海くん」
桜庭はオペレーターを務めるメイに尋ねる。メイは被害状況マップをスクリーンに映し出して答えた。
「ひどいですね。星宮獣の出現後、すでに死傷者は二万人を越えたと思われます。帰宅途中の市民満載の路線電車を襲うことで被害を効果的に拡大させています」
「ブラゾめ……自衛隊の動きは?」
「すでに総理が出動を発令されました。装甲車両の多数運用による包囲でヤツをくい止めます。その後一斉射撃で始末する、というのが作戦のようです」
「それで終われば良いのだがな。しかしニューヨークでは、向こう政府は我々以上に徹底的にやったろう。それでもあのミノタウロスは止められなかった」
星宮獣の体は何で出来ているのか、人間の火砲、銃撃、爆雷、いかなる兵器にも傷一つつかなかった。有効な手段はただ二つだけ。カードの一枚を切る頃合いか。
「レイラくん、彼女を連れてきてくれ。万一の事態に備える」
「はい。使用命令が下ると思われますか」
「もし包囲を破られる事態になれば、総理も手段を選ばざるを得んだろう。私も国防に携わる者として、この事態は見過ごせない。リスクを背負って使用に踏み切る」
「でも、獅子宮を出せば、それは父の思惑に乗ることになる……」
「それでも、やらねばならない。危険にさらされているのは都民一千万の命だ」
「了解。秋ヶ瀬アメリアを連れてきます」
連れてこられました。
ボクがこんな作戦管制区域に連れてこられるってのは、やっぱりアレですね。バッシュノードの召喚。
あんな破壊獣を使って防衛なんてして良いのでしょうか。逆に被害が増えるかもだし。
「さて、万一の事態の備えに来てもらったが、とりあえず質問をいくつかさせてもらいたい」
「いいですよ。いつものことです」
桜庭さんとのこれも慣れてきちゃったな。この人が威圧的なタイプじゃなくて助かってる。
「まず現在都内に甚大な被害をもたらしている金牛宮の星宮獣について聞かせてもらいたい。前にも聞かせてもらったが、改めて頼む」
「金牛宮の星宮獣、名をロムゾール。星宮獣随一のパワーファイターで、スピードも速いです。バッシュノードもパワータイプですが、ロムゾールには負けます」
「報告通りだな。目標は都内をすばやい動きで飛び回り、あらゆる施設を怪力で破壊しまくっている。しかしバッシュノードは最強の星宮獣と聞いたが?」
「バッシュ破壊光線を含めた戦闘力評価ですからね。体長二十メートル時点でも、放たれれば直線一キロ半は焼け野原。その先も余熱でひどいことに」
「とても都内では使えんな。それほどのヤツがバッシュノードより評価が低いのは何故だね?」
「近接戦闘が高い反面、遠距離攻撃がまったく無いんですよ。遠距離からなら安全に……いえ、突進で潰されますか。でも空からなら反撃は受けません。アパッチでも出動すれば、あるいは」
「だが銃弾がまったく効かない相手だ。出たとしても牽制が精いっぱいだろう。バッシュノードのパワーだけでロムゾールに対抗することは出来んかね?」
「勝てはしないでしょうが、進行をくい止めるくらいなら」
「よしっ、発令が来たらそれを頼む。目標を抑えることが出来れば、人員を使って金牛宮マスターの捜索も可能だ。金牛宮マスターについての情報はあるかね」
「身長百九十センチごえの大男。ドレッドヘアーにニット帽を被っていて、目立つヤツです。残忍凶悪テロリストですから、やり合う時はご注意を」
ロムゾールの容赦ない殺戮進行で確信した。アイツは本当にアニメ以上の凶悪テロリストだ。
「うむ、目立つ奴なら助かる。方針は決まったな。作戦プランを総理に提出しよう。私の勘だが発令は来る。自衛隊の武器兵器でどうにかなるなら、世界はここまでブラゾに痛めつけられてはおらんよ」
しばらくは、被害状況や自衛隊展開の報告が続いた。それはメイの口でだ。モニター前のアイツは、やけにアタマ良さそうに見える。前にヒス起こしてボクとレイラさんを取り合ったアイツはどこに行ったんだ。
状況はというと、やはり被害は拡大している。防衛線は張った先から破られ被害死傷者は増える一方。また自衛隊員の死傷者負傷者も相次ぎ、防衛戦はどこまでも後退してゆく。やがてメイは叫んだ。
「桜庭一佐。総理から獅子作戦の発令が出ました。『これよりこちらの星宮獣を出し、金牛宮の迎撃にあたれ』だそうです」
「来たな。各員、車両に搭乗。これより現場に向かう。アメリアくん、君は私と指揮車両だ」
にわかに周囲は慌ただしくなり、ボクもあれやこれやという間にゴツイ通信設備のついた車両に乗せられた。いよいよサクラモリが戦闘に参加するのか。
そして主人公だった暁斗の役割をボクが代わりにやる。
しかし問題は、最終回にとんでもない破壊をもたらしたラスボスのバッシュノードが迎撃をするということだ。あの最終回みたいに都内を焼き払ったりしなきゃいいけど。
渡された獅子宮の星宮石からは、妙に浮かれているバッシュノードの気配を感じる。やはりコイツは狂乱の獣。殺戮と破壊に喜ぶ危険な魔獣だ。
「桜庭さん、本当に良いんですか。ブラック・ゾディアックはボクが都内に入ったタイミングで事を起こしました。間違いなくバッシュノードを誘っていますよ」
「だが、使わなければ東京は滅ぶ。ヤツらの手の内であろうとも、やらねばならん。責任はすべて私が持つ。アメリアくん、やってくれ」
背負わされた責任はあまりに重いけど。
ここまで言われたんじゃ、しょうがない。
「バッシュ、暴れさせてやる。でも人間は殺すなよ」
祈るような気持ちで獅子宮の石を握りしめた。