episode1 The end of the company animal(社畜の終わり)
地方から都会の私立の三流大学を出た僕。大学生活は学費と下宿代を稼ぐためのアルバイトに明け暮れる日々。彼女を作る勇気も暇もなく、あっという間に四年が過ぎ去り、そのまま都会で就職へ。男ばっかりの職場、エンドレスで仕事が降ってくるブラック企業。気晴らしは食べることだけ。カロリー?糖分?関係ないね。食べることは働くモチベーションの維持のため。栄養二の次三の次。時々動悸があったり、胸が差し込んだり、体調は思わしくない。しかし社畜の僕は今日も働く。
「今は何時だ?」とパソコンの画面の隅に目をやる。既に日付が変わっている。「また今日も会社泊まりか。」心のつぶやきが自然と口に出てしまう。仕事はまだまだ終わらない。今日の報告書と明日の提案資料の準備、3日後の企画会の資料の作成、やることは無限と言っていいほどある。
大学を卒業し、この会社に就職してはや2年。「家に帰ったのはいつだろう?」ふと考える。昨日、一昨日‥。考えるのをやめて、パソコン画面に集中する。少なくとも1週間近く帰っていないのは確かだ。「ブラック企業か。」思わず声に出して笑ってしまう。「おい、そんなことより報告書、早くこっちに回せよ。俺も帰れないだろ。」先輩に聞こえていたらしく、罵声が飛ぶ。「すいません、すぐ終わらせます。」大きな声で返事をする。
そうこうしているうちに2時近くになり、仕事が終わらないので強制的に先輩に終了させられ、寝ることになる。もちろん職場で。こんなこともあろうかと、我々はロッカーに仕事着やスーツ、下着など、多目に準備しているのだ。ロッカールームで着替えて寝袋を取り出す。食事は?と思うかもしれないが、この仕事は食事の時間はない。仕事をしながらの、ながら食べが基本なのだ。既にカップ麺とコンビニおにぎりで済ましている。寝袋を会議室の机の上に広げる。流石に床で寝るのは無理だ。明日は5時に起きて、今日できなかった提案資料の準備をしないと‥。寝ている間も仕事のことばかり考えている。「まさに社畜だな。」自嘲気味に呟いた。せめて寝つきが良くなるようにとイヤホンをして、クラッシック音楽をかける。さあ、寝よう。明日も早い。
苦しい、苦しい‥。暗闇の中、意識が戻ってくる。悪夢か、早く覚めないと。しかし、意識が徐々に戻ってくる感じなのに、まだ苦しい。息ができない。これは夢ではなく現実か。誰か助けてくれ。意識が完全に戻る。机の上のいつもの寝袋の中。息ができない。胸が苦しい、助けてくれ。「た‥。」精一杯口にした言葉、言葉が続かない、目が霞む。僕は死ぬのか‥。意識が急に途切れた。
「はい、この度はご愁傷様でした。はい、ええ、死因は心筋梗塞だったようで、はい、本当に何と言ったら良いか、はい、明日ですね。はい、ええ、お迎えにあがります。はい、では、着きましたらお電話を頂ければと思います。はい、では、本当にご愁傷様でした。」
電話を切った常務が口を開いた。
「おい、社員の健康管理もお前の仕事だろ、会社で死んじまうなんてどうなってるんだ。しかも会議室で。気持ち悪いだろ。ニュースになったらどうするんだ。落とし前どうつけるんだよ。」
「申し訳ありません、兄貴。あいつらにはよく言って聞かせてたんですが。あいつの勤務実態を聞いたんですが、今月家に帰ったのは一回。あとは全部会社で勝手に寝泊まりしていたみたいです。」
部長職の男が甲斐甲斐しく常務のタバコに火をつけながら、怒りを収めようとしていた。
「まぁいい。あいつの親が明日来る。勤務記録を改竄して支払いを減らしておけよ。お前の腕の見せ所だぞ。」
常務はタバコの煙を潜らせながら呟いた。