第 6話 0 -6 真実 -父の真実-
歩くこと2時間、日ごろから気になっていた、霊な零のことをいろいろと聞くことができた。
寝ても寝なくても大丈夫。食事は摂らなくても大丈夫だが現実世界の食事を食べることもできる。零から見れば食べればそれは消えてしまうが、僕から見れば残っている不思議な現象が起きていた。
『試しに奏多のパンをちぎって食べたのよ。わたしが食べた部分は無くなったけど奏多は気にすることなく食べてたの』
「あー、あのへんな動きしてた時か。なんかいつもと微妙に味が違った気がしたんだよなぁ」
『不思議なものねぇ』
それに霊となった零は他の霊を見たことはないらしい。仮説を立てるなら、そもそも霊というものは存在せず魂的な……。もしくは零を霊だと思っているだけで本当は霊ではないのか。
「そういえば婚約者さんがいるって噂だけどその人には伝えなくていいの?」
『わたしの婚約者となる人は白馬の王子様よ。いろんな人に告白されるから、それを回避するために流したデマね』
今時白馬の王子様が迎えに来ると思っている人がいるんだ……でもそんなこと零には言えない。あ、また妄想にふけっている顔をしてるし。
《白馬の王子様、ねぇ……。ふふっ、面白いこと考える俗界人もいるのね》
『奏多、あそこじゃない?』
小高くなった場所の一角に並ぶ墓石。そんなに広いわけではないが、田園風景が一望できる場所であった。お寺の本堂には誰もいないようだったので、小さく「お参りさせてもらいまーす」と伝えて父のお墓を探した。
「お墓の場所が書いてないな」
『手分けして探しましょ、名前は?』
「ありがとう。夢見 真って言うんだ」
ふたり分かれて隅から墓石に刻まれた名前を探していた。その時だった。
「お墓の場所はここだよ」
袈裟を着た住職が手招きをして場所を教えてくれた。
「ありがとうございます。すいません勝手に入っちゃって」
「墓参りは自由じゃよ。ちなみにお前さんは、夢見真の息子か?」
「父を知ってるんですか?」
住職に連れられ、本堂に案内された。小さな町の小さな本堂、そこで和尚は父の本当の姿を教えてくれた。
「真はな、不倫していた妻に捨てられたんじゃよ──和尚の話によると、不倫した妻を問い詰めようとしたが、証拠がなかったこともあって逆に訴えられた。養育費として毎月いくらか送っていたが、妻からは子供たちに会うことを禁止されていたということだった──たまに遠くから子供たちの様子を見に行っていたようじゃったな」
母から聞いていた話と真逆。どちらが正しいのだろうという迷いすらない。母親の姿を見れば和尚さんの言うことが正しいのだろう。
「ありがとうございます。父は、優しかった記憶しかなかったんです。母から不倫して出て行ったって聞かされた時のショックは、今でも忘れていません」
混乱する頭、うなだれることしか出来ない。零も雰囲気を察してか黙っていた。
「真さんの墓に線香をあげて手を合わせてあげるといい」
「父は何で死んだんですか?」
「死んだというわけではない。行方不明になってな……あれから3年も経ったので、みんなでお墓を建てたんじゃ」
行方不明という言葉に激しい動悸がする。苦しい……一体、何が起こっているんだ。そこに感じた優しさ、和尚がゆっくりと触れて落ち着かせてくれた。
「いろいろと考える必要はない。手を合わせれば真くんも喜ぶだろう。今はそれだけでいい。それでもダメだったらまたここに来なさい」
和尚さんの言われた通り父の墓に来た。線香をたむけ、目をつぶって手を合わせる。今まで裏切者と思ってごめん……考えてみれば、母には「父に似ているお前が気に食わん」って言われてたもんな……きちんと考えれば真実も見えていたのかな。
心の中で父と対話をした。父への恨みが解けていくのが実感できる。
『キャー!!』
零の叫び声に目を開いた。
そこには黒く広がった空間から伸びる手が、零を捉えて引きずりこもうとしている様子だった。考えることなく本能のまま手を伸ばし零の手を掴んだ。
今まで触れることの出来なかった彼女の手。初めてその感触を肌に感じた気がした。
《はじまったわね……》
〇。〇。〇。
『……た……なた……』
誰かが僕を呼んでいる。体が痛い、もうちょっと寝かせてくれ。
『……かなた……かなた!……かなた!!』
この声は零! そうだ、零と一緒に変な塊にひっぱりこまれたんだ。
泣きじゃくっている零、僕が意識を取り戻したことに気づくと思いっきり抱き着いてきた。こんな状況でも女性から抱き着かれる嬉しさと気恥ずかしさの混在した気持ちが膨らんだ。
しかし、零は僕をすり抜けてしまった。さっきまでと状況は変わっていないらしい。というかここはどこだ?
深い森の中、木々に囲まれ多くの植物が茂り、緑の臭いが鼻を突く。
「ここは?」
零は首を振る。
『気づいたらこの場所にいたの。良く分からないけどどこかに連れてこられたみたい』
周囲を見渡していくら考えても知らない場所。墓地の近くにこんな場所は無かったし、下に落ちたとは考えにくい。そもそも落ちたとすれば、見上げれば墓地があるはずだ。
「零、上から周囲を見渡せないか?」
『見てみる』
零は上空に浮かび上がると、手を額につけて遠くを探り、しばらくすると下りてきた。
『あっちの方に村があるみたい。それ以外は緑しか見えないわ』
村の方に行ってみるしかない。とにかく人と会って警察に連絡してもらおう。
「零、とりあえず村の方に行こうか」
森の中を歩く。昼間といっても木々が光を遮っているせいで薄暗い。時折聞こえる獣の鳴き声がとても怖い。何を見ても恐怖しか感じない。
『大丈夫よ。わたしは奏多のおかげで孤独という恐怖から抜け出せたんだから……いまのわたしたちはひとりじゃない』
零のおかげで少し落ち着いた。そうだ、ひとりじゃないんだ。とにかく人を探すことだ。気を取り直して歩き始めた時だった。
「誰だ!」
木の陰から出てきたのはひとりの男。僕はこの姿に見覚えがある。
「父さん……?」