第 5話 0- 5 訃報 -父の訃報-
雨宮さんが付いてくるようになって1週間経った。ここまで一緒にいると『零』と呼ぶことに抵抗はなくなる。
『奏多、あの時はあなたが白馬に乗った王子様に見えたわ。本当に絶望していたのよ……もう誰もわたしに気づいてくれないんじゃないかって』
呆けた顔をしている零、霊になって性格が変わったんじゃないかと思っていたが、澪ちゃんによると、「雨宮家に恥じない振る舞いをするように躾けられている反動で、気の置けない相手と一緒だと妄想癖が出るんだ」ということらしい。
「まぁ気心が知れたっていうことかな……。椚みたいだ」
そんなことを考えていると母がすごい勢いで部屋に入ってきた。
「今日は家庭教師でしょ。ただでさえ入院したせいでお金が少ないんだから遅刻するんじゃないわよ」
「分かったよ……」
「雨宮の所には娘がふたりいただろ、金持ちだし、どっちかと結婚しちまいなよ」
バイトの日にちょっと起きるのが遅れただけでいつもこれだ。高校生にまでなるとさすがに慣れた。
《ザ・俗界人って感じね。こういう人が多いから俗界の人口も減って……霊界も一緒か》
『奏多のお母さんってホント凄いわよね。良く歪まなかったわね』
「幼いころに助けてくれる人がいたからな。隣の戸成さんは困った時には食事を作ってくれたり相談に乗ってくれたり……椚の家にもだいぶ世話になったよ」
本当に世話になった。椚の家と戸成さんがいなかったら今の僕はなかっただろう。
『椚さんのこと好きなの?』
「椚とは固い友情で結ばれてるんだ。あいつもそう思っているはずだよ」
ジト目になる零。その視線に僕は少しドキッとした。
「それに……家を見てみなよ。普通に振舞うのが精いっぱい、こんな家族つきじゃあ結婚どころか彼女なんて作らない方がいいしな」
『気にする必要はないと思うけど……そういえば奏多のお父さんってどうしたの?』
父か……あの時の衝撃は今でも覚えている。ずっと優しかったのに……。
「不倫して出て行ったんだって。それ以外は分からない。まだ子供だったし」
リビングから母の叫ぶような声で「いい加減にしなさい! 遅刻して時給減らされたらどうするの!」と聞こえてきた。
「よし、じゃあ澪ちゃんの所に行くか」
家を出たところで、見知らぬ中年男性に声をかけられた。
「夢見……奏多くんだね」
スーツに着られているような服装の男は悲しげな表情をしていた。知らない男に声をかけられたことで警戒心が膨らんだ。
『この人、大丈夫みたい』
零の言葉に肩の力が抜けた。この1週間一緒に過ごしてみて、霊となった零はなんとなくではあるが、相手の悪意を微妙に感じ取れるらしいということが分かった。
「君の父である真の訃報を伝えに来たんだ」
僕たちを捨てて出て行った父さんが死んだ? 今更そんなことを言われても……。
男は1枚の封筒を僕の手に握らせる。
「この場所に墓がある。お墓参りに行ってあげてくれ。真は君が思うような人じゃない。それとくれぐれもお母さんには知られないようにな」
そう言い残すと男は車に乗り込んで行ってしまった。
『あの人、朝からずっと待ってたんだ。変な人がいるなぁと思って見てたんだけど』
とにかく急がないと遅刻しちゃう。急いで自転車を走らせた。
零の家はそれほど遠くない。幸いなことに中学校区が隣なので自転車で行けばそんなにかからない。
「遅いぞ家庭教師!」
家の前で待ち構えていた澪ちゃん。
「ごめん、朝からいろいろあって」
「まあ良い、ウチからも話がある」
考えてみれば、授業時間すべてを勉強に費やしたのなんて最初くらいじゃないか……。そんなことを考えていたら、澪ちゃんが部屋に着くなり唐突に話し始めた。
「交信について調べている」
「ちゃねりんぐ?」
思わず聞き返してしまう。
「交信と言えば、霊を憑依させて話をするってやつだよね」
『それは降霊よ。チャネリングってことはわたしと話をするためじゃない』
「あ、降霊か。チャネリングと勘違いしちゃったよ」
澪ちゃんは「ふむっ」と考えるしぐさをすると「姉もそこにいるんだな」と変な紙と道具を持ってきて念じ始めた。
静かな時間が流れる……。
「どうだ、姉に何か感じないか聞いてみてくれ」
零は何かを感じ取るように目を閉じて手を合わせた。なんか違う気もするが気持ちが大事だ。
『そうねぇ。何かを感じているような気はするわ。いつも感じる呼ばれる感覚とは違う……初めての感覚が』
「呼ばれるような感覚?」
澪ちゃんは「おお、姉とつながったか」と珍しく笑顔を見せた。
「いつも呼ばれるような感覚があるんだって。その感覚にプラスして何かを感じ取っているみたい」
「その何かがウチかもしれないな。それにしても呼ばれる感覚っていうのが気になるな。あるべき世界に連れ戻す声、とかでなければいいが」
思わず零の顔を見てしまう。
『ねぇねぇって軽く呼ばれる感じよ。気にするような怖いものじゃないわ』
笑っている零に一抹の不安を覚えた。
《いつも呼ばれるような感覚……。やっぱりそういうことなのね……だとしたらもう少しかしら》
この後は、チャネリングを試し、少しの勉強をしてバイト終了。零が『教え方うまいわねー』と感心しながら僕の姿を見ていたのは照れ臭かった。
そして休日、バイトを調整して父のお墓参りに行くことにした。場所は家から電車を使って数時間の場所にある。ネットのマップで調べると森に囲まれた小さな町だった。
「あとで絶対に返すから」
零が旅費を立て替えてくれた。渡された封筒と一緒に入っていた1万円札を母に見つかってしまい取り上げられた。地図が見つからなかったのだけが救いだ。
「いいわよ返さなくて。奏多のおかげで孤独じゃないのよ。プライスレスよ」
旅費だけでなく、その日に入る予定だったバイト代まで立て替えてくれた。母が事細かくバイト代を計算しているので、休んだことがバレてしまうのである。
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電車を乗り継ぎ目的地の駅までついた。山と木々に囲まれた場所。バスが出ているようだが、時刻表には1日2本程度しか運行していない。あまりにも少ない本数の時刻表にマジックで時間を刻みたくなってしまう。
墓地は徒歩2時間程度の場所にある。電話をかければ迎えに来てくれると書いてあったが、知らない人に頼むのは気が引ける。歩いてたどり着けない距離でもない。
マップを確認しながら目的地へ向かうがスマホの電波が安定しない。圏内に入ったと思えば圏外になる。来る前にマップでシミュレーションしてきて良かった。
「暗くなる前に帰らないとな。この道、夜になったら幽霊でも出そうだし」
ふわふわと浮きながら付いてくる零。
『ちなみに奏多はわたしのことなんだと思ってるの?』
「霊……? あー、そういえば。あまりにも普通に話してたから忘れれた」
僕らは墓地に向かって歩いた。