第 2話 0- 2 失踪 -消えた幼馴染の行方-
椚の行方不明を知ったのは、雨宮さんから届いたメッセージアプリの通知だった。そういえば昨晩、母が電話口で「知らない」と繰り返していたのを思い出す。きっと椚の母からだったのだろう。
「夢見、ちょっと職員室まで来てくれ」
自主勉のため早く登校した僕を待ち構えていたかのように先生が呼び止めた。要件は案の定、椚のことだった。
先生は矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。焦っている様子の先生に、何も答えられなくて申し訳なく思ってしまう。
「放課後に誘われることはあっても一緒に出掛けたことはないです」
「そうか……。君の家は……。分かった。幼馴染だし何か話しを聞くかもしれない。何かあったら教えてくれ」
椚はいったいどこに行ったんだ。せめて僕に話してくれたっていいじゃないか……。堅い友情で結ばれると思っていたのは僕だけだったのだろうか? ……いや、最近は勉強漬けで遊びも断っていたしな……。
もしかしたら、椚は僕に遠慮していたのかもしれない。大学進学のことや、将来のこと、僕ばかりが話していたから……。椚にも悩みがあったのかもしれないのに、僕は何も気づいてあげられなかった。
「おい夢見、聞いているのか」
「すいません、椚の行きそうな場所を考えていました」
先生の長い話しが終わり、すでにホームルームが始まっている時間だったが、静かな廊下をひとり歩き、教室の前に来ると微かな嗚咽が響いてきた。
「まだ行方不明と決まったわけではない。警察の方々が一生懸命に探してくれている。外で何を聞かれても『知らない』で通すように」
学校が終わったら椚を探しに行こうと決意し、教室に入るタイミングを計っていた。
「奏多くんも遅刻?」
声をかけてきた雨宮さんは、体調が悪いのか顔色が悪かった。
「なんか体調が悪そうだね」
「大丈夫よ、昨日の夜から眩暈がひどくって病院に行ってきたの。なんでもなかったわ」
そうは言うが、とても何もないようには見えない。休んだ方がいいのではないかと考えていると、教室の扉が開いた。
「入って大丈夫だぞ。おっ、雨宮も来たか。1限は自習だ。夢見は教室に入れ、雨宮は職員室に来てくれ」
職員室に向かう先生と雨宮さんの背中を見送り、僕は教室に入った。クラスメイトが僕を見つけるなり、椚のことについて質問攻めにしてきた。
普段は話しかけてくることなんてないのにこんな時だけ……。いや、それほどみんなが心配しているのだろう。
《このエリアに霊界のニオイがプンプンとしているわね。しかもこのニオイは偶然じゃない……誰かが意図した……さっきの女の子にまでまとわりついているということは……。これはきっと何かが起こるわね》
授業が終わると一目散に学校を出た。今日は運よくバイトが入っておらず、職員室に向かったまま早退してしまった雨宮さんのことも気になったが、先ずは椚のことだ。
公園、秘密基地、神社裏にお寺の空き地。小さいころに椚と遊んだ場所をすべて探してみたが手がかりすら見つからなかった。
「こんなところを探したっている訳ない……か」
ブランコに揺られながら椚と遊んだ日々を思い出していた。きっと何かの事件に巻き込まれたのだろう。昨日、一緒にカラオケに行っていれば、事件に巻き込まれずに済んだのかもしれない。
……大学で特待をとって家を出たい。それだけしか考えていなかった自分が恥ずかしい。椚はいつも僕の話を聞いてくれて、応援してくれていたのに。僕は椚のために何をしてあげられただろう?
「くそっ!」
大きく地面を蹴った。ふがいない自分への葛藤を振り払いたい一心で……。遠心力を最大限に引き出すように足を振って大きな弧を描く。
ふがいない自分と言う葛藤に恐怖が勝った時だった──
素早く上下に動く台座の上から一瞬だけ椚の姿を見たのは──
「くぬぎ──!」
思わず手を伸ばした。○。○。○。○
▷ ▶ ▷
○。○。○。。「……ちゃん」○。○。。「……兄ちゃん」○。。「……お兄ちゃん」
どうしたんだ……桜花……何をそんなに必死になっているんだ……。今、起きるからちょっと待ってくれ……
「いてて……なんだ、体が動かない」
白い天井、泣きじゃくる桜花の顔。
「お兄ちゃん! あ、せんせーい、お兄ちゃんが目を覚ましましたー!」
どこへ行くんだ妹よ……。
「いてっ」
動こうとすると体中に痛みが走る。
「大丈夫かね……目を覚ましたのなら安心だ……脳波も血圧も安定しているし、看護師さん、検査だけ頼むよ」
この人たちは医者なのだろうか? このシチュエーションに理解が追い付かない。
桜花が見守る中、看護師の検査が始まった。身体に付けられているコード類を避けながら色々と触られ質問される。ひととおり終わるとさっさと行ってしまった。
さすがにここまでくれば今の状況を理解した。ブランコで手を放してしまい吹っ飛ばされて気を失った……そして病院に来たと。
「ちょっとお兄ちゃん! ブランコで吹っ飛ぶなんて小学生みたいなことやめてよ!」
妹の怒りの表情を見て、自分の愚かさを痛感した。
「ごめん……改めて考えてみると恥ずかしいな。落ち着いたら帰っていいのかな?」
「何言ってるの! ダメに決まってるじゃない! 精密検査があるから1週間は入院だって」
扉の外から微かに怒声が聞こえてきた。
「奏多、奏多はどこなの?」
部屋の中まで聞こえてくる足音が徐々に近づいてくる。看護師さんが必死で静かにするように説得しているが聞く耳を持っていないようだ。この声は明らかに母のもの。
「お母さん来たわね……お兄ちゃん大丈夫?」
「あぁ、黙って聞いてるよ」
勢い良く扉が開かれた。入ってきたのは予想通りの母。周囲を見渡すと大きな声をあげた。
「随分いい部屋ね。ここ高いんじゃないの? 奏多、入院したってどういうことよ! お金かかるじゃない。一体いつまでバイト休むつもり! 私たちの生活どうするのよ!」
怒涛の勢いでまくしたてる母。
「お兄ちゃん……1週間位だって……入院」
「桜花! 奏多なんか相手にするなって言ったでしょ! それよりお金よお金! 1週間なんて休んだら大変じゃない! 病院が儲けようとして長引かせてるんじゃないの!」
あまりにも騒がしい母に、病院側も対処せざるを得なかったのだろう。看護師が数人の警備員を連れてくると、有無を言わさず確保された。
「警察を呼ぶぞ!」「さっさと帰ってきなさい!」「いい加減にしないか」
いつまでも怒号が聞こえていた。