第34話 降り注ぐ黒い雨!黒染め事変!
9月。残暑と言えるのか分からないほどの猛暑日が続き、だんだんと夏が嫌いになってくる。
夏休みは終わり、大学でも秋学期が始まった。相変わらず大輔と美乃里しか友達がいない俺は、できるだけ二人と被るように授業を取っていた。
そして今回の俺の目標は、全休を作ること。土日以外にも一日授業が無い日を作って、自由に過ごそうと思ったのだ。
それに、全休の日に怪人が現れたりしたらこちらもすぐに対応できる。授業を抜けたりしなきゃいけないリスクは、なるべく減らさないとだからな。
まあその分他の日が授業でパンパンになって、結果として授業がある日に怪人が出たら抜けなきいけないんだけど。
正直怪人がどうこうは建前で、俺は平日休みが欲しかったんだ。服を買ったり外食したりもしたいし、そういう時は人が少ない方がいいだろ?
それに平日に一日バイトできる日があるのも助かる。土日だけだとこれからの時期、アウターだったりちょっと高いものを買う時に困る。
あと美乃里の分の食費だ。美乃里もカフェでバイトをしてるんだけど、買い物担当は基本的に俺。
ということで一旦俺が美乃里の食費も立て替えている。
一回だけ美乃里に買い物を任せたことがあったんだけど、その時はバカみたいにスイーツを買ってきたからしっぺしておいた。それ以来買い物は俺が行くようにしている。
そんなわけで、今日は全休の日。一日ピザ屋でバイトだ。
「安全運転で、笑顔で行って参ります!」
「頼んだぞ!」
店長の元気の良い声を背に受け、俺は店のバイクに跨った。
エンジンをかけて出発すると同時に、最近気に入っているバンドの歌を歌い始める。
本当に良いバイトだよな。歌いながらバイクに乗ってる時間がほとんどだし。なんかカラオケとか行った時の為にモノマネの練習でもしてみようかな。
呑気なことを考えながらバイクを走らせる。
しかし今日は暗いな。雨が降ってるわけではないが、どんよりとした曇り空。不気味な霧も出ている。嫌な天気だ。早く配達を終わらせて店に戻ろう。
俺は歌うのを止め、運転に集中することにした。
「ありがとうございましたー!またお願いします!」
常連のお爺さんの家に配達を終え、俺は再びバイクに跨った。黒雲はさっきより更に広がっていて、より不気味な雰囲気を醸し出している。さあ、早く戻ろう。
そう思った矢先、俺のスマホに大量の通知が来た。こんな時になんだよ!誰だ?スタンプ連打とかだったら無視しよう。
バイクを止めてスマホを開くと、通知は『怪人キャッチ』アプリからだった。
は?なんでこんなに通知が!?すると俺のスマホに黒い液体がボトっと落ちてきた。
「なんだよこれ!?何が起こってるんだ!?」
空を見上げると、雨とは言い難い大粒の黒い液体が、大量に降ってくるところだった。
これは怪人の仕業なのか!?だとしたらマズい!怪人による黒染めは、俺の変身能力を奪ってしまう!
俺は咄嗟にバイクに詰んでいたレインコートを着て、フードを被って髪の毛を守った。
「おいおい、惨めだなあ!!そんなんで身を守ることしかできねえのかよ!!」
すると俺の頭上から大きな声が聞こえてくる。誰だ!?
パッと上を見ると、真っ黒で滑らかな鎧に身を包んだ怪人が空に浮かんでいた。
その顔を覆っている仮面は、にまぁっと笑っているような意匠が施されていた。
間違いない、幹部だ。
「噂の染髪マンがどんな奴なのか見に来たら、自分の身を守るのに精一杯じゃねえか!笑えるぜえ!こんな奴に今までの幹部どもは負けたってのかよ!ヒャーハハハ!!」
「おいおい、随分と馬鹿にしてくれるじゃないか?その馬鹿にしてる染髪マンに、今まで幹部が三人もやられてるんだぞ?」
その幹部の態度にイラッとした俺は思わず言い返す。
舐めんじゃねえぞ?俺だって何人も怪人を倒してきてるんだ。今更幹部の一人ぐらい、どうってことはない。
「何言ってんだよ染髪マンの旦那よぉ!俺ぁその辺の幹部とはわけが違うぜ!事実、今だってあんたは変身すらできてねえじゃねえか!」
それはその通りだ。この黒染めの雨が止まない限り、俺は染髪マンとして戦うことはできない。
いや、厳密に言えば恐らく変身自体はできるんだ。なんとか櫛をレインコートのフードの中に入れ込み、髪を梳かすことさえできれば変身はできる。
でも、変身したとしてもこの黒い雨の中じゃすぐに変身能力を失い、元の姿に戻ってしまう。
どうする?今この状況で、俺に何ができる?
「さあて、何にもできないようだなあ!じゃ、さっさと死にやがれ!!」
俺の視界から一瞬にして消えた怪人は、気づいた時には俺の後ろにいた。
振り向いて両腕でガードしようとしたが、既に遅かった。
腹部に強烈な衝撃を感じ、俺は後ろに吹き飛ばされる。
「がはあっ!!」
「なんだよなんだよ!こんなんで終わりかよ!しょーもねえ。こんな奴、俺が相手するまでもねえな。代わりにこいつに相手させるからよ、せいぜい生き残れるよう足掻いてみろや。死んだらそれまで。生き残ったら俺がまた殺しに来てやるよ。じゃあな!」
そう言うと怪人は空へ跳び、入れ替わるように巨大なハケが降って来た。
そのハケには黒い染料がたっぷり付いていて、明らかに俺を狙って来たものだと分かった。
だが俺の髪は既に空から降ってきた黒い雨で染まり始めてしまっている。染髪マンには変身できない。
くそっ……!こんなところで死にたくない!まだクロゾーメ軍団に屈するわけにはいかないのに!!
俺の心の中の叫びは、声にすらならなかった。目の前の巨大なハケは、俺の頭どころか体中を黒く染め始めた。
真っ黒になっていく自分の体を見ながら、俺はハケに転がされることしかできない。
誰か……誰か助けてくれ!そう願うものの、銀子はこの状況では変身できない。詰みだ。
何度も何度もハケは俺の体を転がして行く。もう俺は諦めるしか無いのか……?
ポケットに入った櫛に手をやり、握りしめる。こいつを今使っても何も起こらないことは分かっている。だからと言って、この絶望的な状況で何もしないわけにはいかない。
まだ俺の髪には僅かに金髪の部分が残っているかもしれない。その部分に賭けるんだ……!
俺はポケットから櫛を取り出し、一回髪を梳かした。だが、俺の腰にベルトは出現しない。
ああ、終わった。これで俺のヒーロー生活も、大学生活も、それどころか人生が終わるんだ。
せめて美乃里に返事はしてやりたかったなあ。そんなことを考えながら目を閉じる。
俺が諦めた、その時だった。俺は、信じられない言葉を耳にした。
「変身。染髪マン」
……え?今の、聞き間違いか?死ぬ寸前になっておかしくなったのか?
銀子ではない。銀子のヒーローとしての名前はカラーリングガールだし、そもそも今聞こえた声は男の声だった。それも、かなり渋い声だ。
真っ黒になった瞼をこじ開け、俺は何が起こっているのか確認しようとした。
だが、その時には既にハケが吹っ飛んで行くところだった。
「……は?」
「何が起こっているのか分からない、という顔をしているな。それも仕方ない。だが、とりあえず今は私に任せるんだ。金森蘭のところへ行って、すぐにブリーチをして貰って来い!」
俺に向かって言っているのか?いや、そうとしか考えられない。この世に染髪マンは、俺一人なのだから。そのはずなのだ。
いつの間にか黒い雨は止んでおり、雲の間から光が差し込んで来る。
差し込んで来た光は、まるでスポットライトのように彼を照らした。
彼は俺とそっくりの姿をしていた。正確に言うと、変身後の俺の姿と。
ただし、二つだけ違いがあった。一つは、髪型がオールバックであること。
そしてもう一つ。その髪と装甲が、真っ白だったことだ。




