第31話 挑戦状と美乃里の気持ち
俺は権藤教授からのメールを開き、読み上げ始めた。美乃里は緊張の面持ちで聞いている。
「親愛なる染谷柊吾くんへ。先日はお世話になりました。君のおかげで相当な怪我を負わされ、危うく命を落とすところでした。改めて、君へ挑戦状を送ろうと思います。ですが、私はまだ万全ではありません。君もパワーアップしているかと思いますが、こちらからも今までとは違う怪人を送り込み、君を含めた人間たちの命を狙います。死ぬ覚悟をしておいてください。私は、いつも君を見ています。権藤博」
読み上げながら、俺の手はスマホを握り潰しそうなほど力が籠り、怒りに震えていた。
「ふざけやがって……!死ぬ覚悟だ?上等だよ!もう一回ぶっ飛ばしてやる!」
「と、柊吾落ち着いて!権藤教授はまだ万全じゃないって書いてあったんでしょ?ならまだ襲っては来ないはずだよ!」
そんなことは分かっている。俺が怒っているのは、こんなふざけた文体で怪人を送り込むと宣言していることに対してだ。
クロゾーメ軍団の怪人は、人の命を簡単に奪える能力を持っている。ヘアケア用品や風呂場にあるものがモデルになっていて一見ふざけているように見えるが、その危険さはテレビで見るヒーロー番組の敵よりもリアルなもの。
シャンプーやトリートメント等、それぞれの特性とデメリットを最大化したのがクロゾーメ軍団の怪人たちだ。そんな危険な怪人を簡単に送り込むと宣言していることが許せない。しかも自分が万全じゃないから……?
そんな自分勝手な理由で、俺を含めた人間たちの命を奪おうとするのは有り得ない。
だが現状、クロゾーメ軍団の怪人に立ち向かえるヒーローは俺と銀子しかいない。
俺と銀子だけでは対応できない事態、例えば三体以上の怪人が別の場所に同時に現れたりしたら、その時点で俺たちの負けだ。
今までそれをして来なかったのには、何か理由があるのだろうか。怪人を大量に送り込めない理由が。
これは銀子にもメールの内容を共有して、クロゾーメ軍団について更に詳しく聞く必要がありそうだ。
「悪い美乃里、今から銀子に電話してもいいか?」
「え……?でもメールを読み終わったから、あたしとご飯を食べる時間じゃ……」
「先に食べてて貰えるか?早急にこの内容を銀子に共有したいんだ」
すると美乃里は俯き、小さく震え出した。そして美乃里の膝には水滴が何粒か落ちていく。
……えっ泣いてる?え、なんで?俺そんな酷いこと言った?
「柊吾っていっつもそうだよね。あたしとの時間よりもヒーロー活動優先。あたしの気持ちなんて、考えたこと無いんでしょ?」
「美乃里の、気持ち……?」
「ほーらやっぱりそう!普通に考えたらおかしいでしょ!あたしが柊吾の家に一緒に住むなんて。特別な感情が無かったら、女の子は男の子と一緒に住んだりしないんだよ?」
特別な感情だって?美乃里のやつ、何を言い出したんだ?確かに美乃里が俺と一緒に住むなんて言い始めた時は不思議に思ったけど、美乃里のことだから学校に近いところに住みたいとかそんな理由だと思っていた。だからあまりその理由について問いただしたりしなかったんだ。
だけど美乃里が俺の家に引越して来た理由は、そんなことでは無いらしい。特別な感情……。一体何なんだ?俺には分からない。
「ほんと柊吾って鈍すぎるよ……。こんなにアピールしてるのに、全く気づいてくれないよね」
「アピールって何のだ?俺がなんかの審査員でもやってるとか?」
「的外れもいいとこだよ。女の子がここまで大胆になってるのに気づかないなんて有り得ないからね!」
本当に何を言ってるんだこいつは。日本語を話しているはずなのに理解ができない。俺が馬鹿なのか?いやでもK大学に合格できる学力はあるぞ。
「なあ美乃里、勿体ぶらずに教えてくれよ。特別な感情って何なんだ?」
「そんな簡単に言わないでよ!あたし今心臓バクバクだし、涙でぐちゃぐちゃだしでどうしようも無い状態なんだから!」
そう言って顔を上げた美乃里は、確かに大粒の涙を流していた。何故だろうか、その顔を見て俺の胸に強烈な罪悪感が走ると同時に、鼓動が早くなっていくのを感じた。
「ちょっと待ってね。もうちょっとだけ時間が欲しい」
美乃里はハンカチを取り出し、涙を拭いて二、三回深呼吸をした。
真っ赤な目をした美乃里。そんな美乃里の顔を見て、俺の鼓動は更に早くなる。
おいどうしたんだ俺の心臓!?なんで、なんでこんなにドキドキしてるんだ!?
「柊吾。一回しか言わないからよーく聞いててね」
美乃里は俺の目を真っ直ぐ見て、一度逸らし、また俺の目を見つめてきた。
しかしそこからしばらく沈黙が続く。ただただ俺と美乃里は見つめ合い、何も言わずに時間だけが過ぎていく。
ぼーっとしている場合じゃないのに。俺は銀子にメールの内容を共有しなきゃいけないのに。そう思っているのに、俺はこの瞬間がとても大事な瞬間だと本能的に感じていた。
俺の人生に大きく関わる、何か凄いことを今から言われる。そんな気がしていたんだ。
「あのね、柊吾……」
美乃里が口を開く。だがその口は再び閉じてしまう。美乃里は、今から相当な覚悟が要ることを言うつもりなのだ。何を言われるのかを察しているわけではないが、美乃里にとってとんでもなく重要なことだけは分かった。
そこからまたしばらく沈黙の時間が続く。何故だか分からないが、俺はまるでそこに地面が無いかのように、宙に浮いているかのように感じていた。
こんな感覚になったのは人生で初めてだ。そう、俺は緊張しているのだ。それも物凄く。地に足がついておらず、ただバクバクと鳴る心臓の鼓動に耳を傾ける。
美乃里も同じなのだろう。何度か口を開きかけては止め、また口を開こうとするのを繰り返している。
その視線は俺を見てはあちこちに散らばり、また俺のところへ戻ってくる。美乃里の心臓の音が、俺にまで聞こえてくるようだった。
そのたった数分の時間は、永遠にも感じられた。俺と美乃里の視線は何度もかち合い、離れる。美乃里、一体何を言おうとしてるんだ?それを知りたいと思うと同時に、知りたくない気持ちもある。
何を言おうとしているのか分からないが、それを聞くと俺と美乃里は友達同士でなくなってしまう気がした。
俺は美乃里とどうなりたいんだ?友達でいたいのか?そうに決まってる。美乃里とは大学で知り合った仲の良い友達だし、これからもそれは変わらないはずだ。
なのになんでだ?それを思うと少し寂しい気持ちにもなる。胸がキュッと締め付けられるような、そんな気持ちに。
美乃里、早く教えてくれ。俺に伝えたいことは何なんだ?特別な気持ちって何なんだ?
いつの間にか、美乃里の気持ちを強く知りたがっている自分がいた。
どうしようもない感情と戦っていると、またしても美乃里と目が合う。しかしその目は今度は逸らされない。ただ真っ直ぐに俺を見ている。
そして今度こそ美乃里は、言葉を紡ぐ為に口を開いた。
「柊吾、あたし……」
ごくりと唾を飲み込む。動揺している俺から美乃里は目を逸らさない。美乃里の口の動きが、その瞬間だけはスローモーションに見えた。
「あたし、柊吾のことが好きだよ」
……え?
「美乃里?今、なんて……?」
「もう!一回しか言わないって言ったでしょ!」
ぷんすかと怒りながら美乃里はぷいっとそっぽを向いてしまう。また怒らせてしまった。でも、俺は確認したいんだ。今美乃里が言ったことを。
「頼む美乃里、もう一回だけ言ってくれないか?」
美乃里はちらっと視線を寄越し、また俺に顔を向ける。
「仕方ないなあ。一回言っちゃったら吹っ切れちゃったからもう一回言ってあげる。あたしは柊吾のことが好き!大好き!ずっと隣にいたいよ!」
聞き間違いじゃなかった。美乃里は今、俺に告白をしているんだ。
美乃里が俺のことを好き……?なんで?美乃里と出会ってからまだそんなに時間も経っていない。俺が美乃里に好かれるようなことをした覚えも無い。なのに、なんで……。
「柊吾?どうしちゃったの?こんな美少女に愛の告白をされてびっくりしちゃった?」
そう言う美乃里の顔からは、先ほどまで流れていた涙が綺麗さっぱりなくなっている。
「あ、ああ。めちゃくちゃびっくりしてるよ。今までそんな素振り見せたことなかったし」
「はあ!?見せまくってたでしょ!?逆にどうやったらこんなにアピールされて気づかないでいられるわけ!?」
そんなにアピールされてたかな……?大輔や銀子はもう察してたのか。この間大輔と美乃里が話したっていう内容もこのことなのか?だとしたら二人とも酷いな。教えてくれたっていいのに。いや、美乃里のことを考えたら俺に言うのは野暮だな。こういうところが、俺が鈍いって言われる所以なのかなあ。
「で?」
「で?って……?」
「あたしの告白に対する返事は?」




