第16話 吹き荒れろ!緑の突風!
『怪人キャッチ』アプリが示していたのは、とある銭湯の近くだった。
この怪人、もしかして風呂場にいると戦闘力が上がったりするのか?濡れタオルだからあり得ない話ではないな。もし本当にそうならマズい!急いで向かわないと!
「じゃ、ここでセットしてくか」
俺はショーウィンドウの前で立ち止まり、金森さんに貰ったヘアワックスを取り出した。
え?急いで向かわないといけないのになんで悠長にヘアセットなんかしてるんだって?
まあまあ見てろって。誰に言ってんだ。
染髪マンマッシュになった方が早いんだよ。
なんせ、俺の今の髪色は緑。風を操る力だ!
髪をパーマ風マッシュにセットし終えると、俺の右足に金色の装甲が出現した。おお、染髪マンマッシュでも髪色が違えば追加装甲の場所も違うんだな。ちょっと面白いぞ。
「なんて言ってる場合じゃない!行くぜ!」
両足に力を込めて走り出すと、俺の体は風に変わり、一直線に濡れタオルゾーメのいる方向へと向かって行った。
「濡〜れ濡れ濡れ!ここなら俺のパワーも大きく増大する濡れ!あの染髪マンとかいうのが来ないうちに、人間どもを恐怖の渦に……」
「どおりゃああああ!!」
高らかに演説をしている濡れタオルゾーメを思いっきり蹴り飛ばす。こいつ多分馬鹿だな。自分がやろうとしてること全部大声で話しちゃってんじゃん。そんなんじゃ銭湯にいる人たちも全員逃げ出すだろうに。まあその方が俺にとっては良いんだけど。
「ぬわー!!なんだ濡れ!?」
「よう怪人。わざわざ戻ってきてやったぜ?感謝しろよな」
「出たな染髪マン!……あれ、なんか緑になってる濡れ?」
濡れタオルゾーメも俺の変化に気づいたようだ。まあ全身金色から全身緑色になってたら嫌でも気づくか。むしろそこまで変化してて俺が染髪マンだと分かってくれるのが凄いな。別人だと思ってもおかしくない変化だ。
「お前を倒すのに最適な姿になってきたんだよ、濡れタオルゾーメさんよ。お前らが集めてる叫ティクルとかいうふざけたエネルギーも、もう出させない!」
「何を〜!?言ってくれるな濡れ!お前なんかこの俺にかかれば為す術も無く窒息するだけ濡れ!」
そう言うと濡れタオルゾーメはさっきと同じように濡れタオルを高速で発射してきた。
だが今回は俺も避けたりしない。真っ向から迎え撃ってやる!
「はっ!こんなもん全部返してやるよ!」
ベルトに手をやると、ピストルのような小型銃が出現。俺はそれを手に取り、飛んで来る濡れタオルを全て撃った。
すると濡れタオルは飛んで行く方向を変え、怪人の方へ高速で戻って行く。
「な、なんでだ濡れ〜!?」
濡れタオルが濡れタオルゾーメに当たりまくり、ベチベチと聞き慣れない音が響く。
俺の銃から出たのは弾丸ではない。風だ。
空気砲のような要領で突風を飛ばし、飛んで来た濡れタオルにぶつけたんだ。その勢いは濡れタオルのそれを遥かに上回っている。逆方向に押し戻された濡れタオルは、怪人のいる方へ飛んで行ったというわけだ。
「くそ〜!俺の十八番をよくも破ってくれたな濡れ〜!こうなったら、直接その髪に張り付いて弱らせてやる濡れ〜!」
愚かにも真っ直ぐこちらに向かってくる濡れタオルゾーメ。あーあ、良いんだな?そんなことしたらお前は無様にやられるだけだぞ?
「さあ、覚悟する濡れ〜!!」
俺の頭に向かって濡れタオルゾーメが跳び上がった瞬間、俺は再び風になり、奴の後ろに回り込む。
「なっ!?消えた濡れ〜!?」
標的を見失った濡れタオルゾーメは、そのまま地面にダイブすることとなった。
そんな隙を逃さず、俺は銃に力を込める。
奴を倒すには、まず「濡れタオル」という前提を変える必要がある。その為にはこの技をぶつけるんだ!
「くたばりやがれ!ヒートブラスト!!」
引き金を引くと、濡れタオルゾーメに向かって空間が歪んでいくのが見えた。
「ぐあああ!!あっつい濡れ!!……って、体が乾いてる濡れ〜!?」
俺が放ったのは熱風。それも強烈なやつだ。
空間が歪んで見えたのは、突然熱風が吹いたことによる温度差でできた蜃気楼。
何度あるか分からないほどの熱風を怪人にぶつけ、一瞬にして乾かしてやろうという俺の目論見は、どうやら上手くいったようだ。
「なんてことする濡れ!?乾いちゃったら俺はただのタオルゾーメになる濡れ!!」
「そうする為に熱風をぶつけたんだよ!馬鹿かお前!」
「きーっ!馬鹿って言った方が馬鹿なんだ濡れ!!」
小学生が言いそうな偏差値の低いセリフを吐く濡れタオルゾーメ改めタオルゾーメ。これで奴の攻撃手段は無くなった。さあ、トドメの時間だ!
「お前とはこれでさよならだな。地獄にはお前の仲間がたくさんいることだろうよ」
「ま、待て濡れ!一体何をするつもり濡れ!?」
「濡れ濡れうるせえんだよ!大体お前もう濡れてねえだろうが!!」
そう言うと俺は再び銃の引き金を引く。
「飛んで行きな!サイクロンバースト!!」
すると銃口から巨大な竜巻が発射され、怪人を一瞬にして空まで持ち上げる。
「うわああああ!!髪を濡れたまま放置すると頭皮にカビが生えるから気を付ける濡れ〜!!」
またしても妙に為になる断末魔を上げ、タオルゾーメは空の彼方へ飛んで行った。
ふう……これで一件落着だな。しかし、怪人と戦う度に髪色が派手になっていく気がするんだが。
今のところ俺の想像通りの能力が発動しているが、俺が想像できない色にしたらどうなるんだろうか。例えばピンクとか。ちょっと試しにやってみたい気持ちがあるな。今度金森さんに頼んでみようかな。
それにしても、何か忘れてるような……。
「ああっ!!そうだ、美乃里だ!!」
怪人退治に夢中ですっかり失念していた!俺は美乃里に待っててくれと言ったまま美容室に行ってしまった。
怪人と戦っていた時間を含めると、約二時間経っている。俺の一限と二限は尊い犠牲になったが、もしかして美乃里も……?
そうならマズい!今すぐ美乃里のところへ行かないと!
俺は再び風に姿を変え、美乃里を置いてきた場所まで飛んで行った。
「柊吾、おっそいなあ……」
「美乃里!!」
「わああ!!え、柊吾……なの?」
「へ?見たら分か……あ、そうか。変身を解除しないと」
俺はベルトから櫛を引き抜き、変身を解除した。
「すまん美乃里!!お前を置いてきたことをすっかり忘れてた!!」
元の姿に戻った俺が取った行動は地面に頭を擦り付けて謝罪の意を示すことだった。
大事な授業を飛ばしてしまったんだから、これぐらいじゃ済まされないのは分かってる。
けど、今はこれしかできないんだ!頼む美乃里!許してくれ!
「忘れてた……?あたしのことを……?そ、そうなんだ……へぇ〜」
美乃里は怒っているというより悲しそうに見えた。え?俺何かやらかしたか?いややらかしてはいるんだけどさ、もっと責められて怒られるもんかと思ってたんだが……。
「別に置いていかれたのは気にしないよ。柊吾が戦う為だし。でも、あたしのこと忘れてたって……。ちょっと、傷ついちゃうかも」
「本当にすまん!!なんでもするから許してくれ!!」
更に地面に頭を擦り付ける俺。そんな様子を見て、美乃里は少し考えてからこう言った。
「なんでもしてくれるんだよね?じゃあさ、今日から柊吾の家に住ませてよ」
「ああもちろ……え!?」
「なんでも、してくれるんだよね?」
同じ言葉を二度繰り返す美乃里の圧は、さっきの濡れタオルゾーメとは比べ物にならないほど強かった。
俺は無言で首を縦に振ることしかできず、ただ美乃里の圧にやられていた。
「でも、なんで俺の家なんかに……」
「うるさいよ!あたしが柊吾の家が良いって言ってるんだから、それでいいでしょ!」
「んなむちゃくちゃな……」
美乃里の不思議な要求に首を傾げつつ、まあ家を散らかさずに済みそうだからそれはそれで良いかと無理やりメリットを見つける。
しかし、もし俺の家に美乃里が住んでることがバレたら男連中からどんな目に合わされるか……。考えただけでも身震いしちゃうな。
「もうあたしのことが頭から離れないようにしてやるんだから……」
ぶつぶつと何かを呟く美乃里は、クロゾーメ軍団なんかよりよっぽど怖い存在に見えました。




