第11話 隠された能力
2週間ほど経ち、俺は金森さんの美容室へと向かっていた。
体はかなり回復し、もう普通に動けるようになっている。ヘアマニキュアゾーメの攻撃は急所を外れてたみたいで、そこまで大事にはならなかった。
急所はたまたま外れたのか、それともわざと外したのか……。権藤教授は俺が死ぬと自分が疑われる、と言っていたから、敢えて急所は外して痛めつけるだけに留めたのかもしれない。
そんなことを考えていると美容室に辿り着き、俺はそのドアを開けた。
「金森さん、こんにちはー!」
「あら染谷くん。待ってたわよ」
そう言う金森さんはウィッグ相手にヘアセットの練習をしているようだった。
一人で美容室を経営できるぐらいのスタイリストでも、練習は欠かさないもんなんだな。
スタイリストになるわけじゃないけど、その姿勢自体は見習わないと。
「さあ、そこに座って。ちょっと色落ちしてきたみたいね」
「そうなんです!入院して最初の方は風呂にも入れなかったんでシャンプーできなかったんですけど、回復してきて何回かシャンプーしてるうちに黒が落ちてきました!」
それは良いことね、と少し嬉しそうな金森さん。
「じゃ、カラーリムーバーでヘアマニキュアを落としていくわよ。落とした後の髪色は決めてる?」
「はい!決めてきました!」
「おっけー。後で聞くから、とりあえず黒髪脱却しちゃいましょ」
そう言うと金森さんは施術を始めた。
30分ほど経って、俺の髪は明るいシルバーに戻っていた。カラーリムーバーってこんな早く効果出るんだな。カラーと同じぐらい時間がかかるのかと思ってたよ。
「ふう。これで変身能力は戻ったわ。だけど注意してね。カラーリムーバーで落とした黒色は、ちゃんとシャンプーしないと戻ってくるの。少なくとも3日はしっかり洗浄力の強いシャンプーを使ってね。後でおすすめ教えてあげる」
そうなのか……。いざヘアマニキュアゾーメと再戦するってなった時にまた変身能力が失われるのはきつい。ちゃんとシャンプーするのを肝に銘じよう。
「それで、髪色はどうするの?」
金森さんから質問が飛んでくる。俺の答えは決まっている。ヘアマニキュアゾーメに能力の属性はあまり関係が無さそうだ。そもそもの力の差が大きい。なら、一番使いやすい、染髪マン本来の姿で立ち向かうのが俺にできるベストだ!
「金髪でお願いします!」
「了解。ならブリーチだけで良いわね。この髪色からブリーチすると前より白っぽくなると思うわ」
二回目のブリーチだもんな。白くなり過ぎたら能力も変わったりするんだろうか。いや、金髪に見える色なら雷の能力で変わらないだろう。前回も金というよりアプリコットのような色だったが、広義の意味では金髪だ。なら、ざっくりした色味で能力は決まるのだろう。完全に白にならない限りは、恐らく雷の能力のままだ。
そして二時間後。俺の髪は、金色の輝きを取り戻していた。
「おお!!しばらくぶりの金髪!確かにちょっと前より白いですね!」
「綺麗な金になって良かったわ。これで元の染髪マンに戻ったわけだけど、勝算はあるの?」
問題はそこだ。前回ヘアマニキュアゾーメと戦った時と能力は違うとはいえ、そもそも今の俺の力で奴に適うかと言われれば正直厳しい。
でも、ならどうすれば良いんだ?俺は俺のベストを尽くすしかないだろう。
「君ねえ……。確か元野球部だったかしら?力の差が大きい相手にもとりあえずベストを尽くすっていうのは、あくまでスポーツの世界でしか通用しない努力よ。命をかけた戦いではそれはただの死亡フラグ。君、死ぬわよ?」
ええっ!?そんなこと言われる!?俺の常識とは大分違うみたいだ。
困惑する俺の目の前に、金森さんが何かを差し出す。
これは……ヘアワックスか?
「君の今までの戦い、ちゃんと見守ってたわよ。その上で君にアドバイスをいくつかしてあげるわ」
どこから見てたんだよ……。まあ金森さんはヒーローを生み出す側だから、どうにかして見てたんだろう。ヒーロー番組でも謎のモニターで見てる仲間とかいるし。
それにしてもアドバイス?俺の戦い、ダメだったのかな?
「まず、君の力は髪色によって変わるけど、髪型で強化することができるわ。いつもヘアセットしてなかったでしょ?君くせっ毛だから、ちゃんとセットしたらパーマ風になっていい感じになるのに。てことで、私からプレゼント。このワックスを使うと君の力は底上げされるわ。ちゃんとセットするのよ?」
いやいや、そんな大事なことなら先に言ってくれよ!そういや高校までずっとノーセットだったから、髪をセットする習慣が無くていつもそのままだったな。ヘアオイルはしてたけど。
セットすると強くなるのか……。垢抜け具合……というか見てくれの良さで強さが決まるってことかな?
「それから、君は属性にこだわり過ぎね。敵の怪人は美容用品がモチーフのことが多いと思うけど、あくまでモチーフだからね。コンディショナーが電気を抑制するっていうのは確かに相性が悪かったけど、全部が全部相性で決まるわけじゃない。君の戦いは化学実験じゃないの。ヒーローとして、力を最大限出すことを考えなさい」
え、ちょっと待って!属性ってそこまで関係無いの!?
確かに最近は怪人との戦いでやたらと知識を問われる場面が多かったけど、そこまで考えずに戦って良かったってこと!?
まあ確かに、昔テレビで見てたヒーローたちもそこまでフォーム毎の属性を意識してたわけじゃなかったもんな。怪人は怪人として、能力に頼り過ぎなければちゃんとダメージがあるってことか。
「アドバイスはこんなところね。あ、ワックスでセットすると変身に使う櫛が使いにくくなるから、セットするタイミングは気をつけてね。髪がちぎれたりしたら弱くなっちゃうし」
「ええ!?変身してからセットしろってことですか!?」
「そうよ。髪を濡らしてドライヤーでベースを作っておけばセットなんてすぐにできるわ。怪人が出た時にセットした状態だったら、櫛が引っかかっちゃうでしょ?」
「いやいや、怪人がいるのにセットなんてできないですよ!5分ぐらいかかっちゃうじゃないですか!」
「大丈夫よ。君、いいくせっ毛だから。一回思いっきり前髪以外を立ち上げて、放射状に振り下ろすだけでいい感じのマッシュになるわよ。暇な時練習しておくといいわ」
ええ……。それでセットが早くできるようになったからと言って、怪人と戦う時間が減ることには違いない。
いやでも、別に怪人の目の前で変身する必要は無いのか。なら先に変身して髪をセットしてから怪人のところに向かうことで、俺の正体はバレにくくなる。そっちのメリットはでかいな。
「あともう一つ、渡すものがあるわ。はいこれ」
そう言って金森さんが渡してきたのは、紫色の液体が入ったボトル。これは初めてここに来る前に調べたぞ!ムラシャンだ!
「そういえば君にブリーチした時渡してなかったなと思って。髪色が金に近ければ近いほど、雷の能力は強くなるわ。他の髪色でも同じで、どれだけ髪色をキープできるかが肝。でもシャンプーして放置時間が長すぎると青く染まっちゃったりするから気をつけてね。シャンプーしたらすぐ流すぐらいでいいから」
そうなのか。ムラシャンは放置すればするほど良いと思ってたけど、色が入ってるからあまり置きすぎると染まっちゃうんだな。気をつけないと。
「これで言い残しは無いかしらね。じゃ、これからも頑張ってね。またのご利用をお待ちしてます」
金森さんの素っ気ない挨拶を背に受け、俺は美容室を出た。
しかし今回は金森さんもたくさん情報を教えてくれたな。できれば最初に教えておいて欲しかったが、今そんなことを言っても仕方ない。
とにかく、俺は強くなる方法を教えてもらった。垢抜ければ良いんだ。そうと決まれば、自分磨きに精を出さないと!
あれ、これほんとにヒーロー活動で合ってる……?
疑問を感じながら家路に着く俺なのだった。




