第10話 まさかの目撃者
「柊吾!柊吾!!しっかりしろ!!」
俺を呼ぶ声が聞こえる。俺は……まだ生きてるのか?
薄く目を開けると、めちゃくちゃに俺を揺すっている大輔の姿が見えた。
「柊吾!良かった!無事なんだな!」
「無事……なのかな。こっぴどくやられた記憶があるんだけど」
「そんな軽口を叩く余裕があるなら大丈夫だな!はあ〜良かった!まじに死んだかと思ったぞ!」
そんな大輔の言葉を聞きながら、体を起こしてみる。
「ぐあああああ!!」
その瞬間強烈な痛みが俺を襲う。やはり、無事とは言い切れないようだ。
「おいおい、まだ無理しちゃダメだろ!待ってろ、救急車を呼んであるからな。もう少ししたら来てくれると思う!」
そうなのか……。とりあえず一命は取り留めたみたいだし、救急車が来るなら安心か……。
少しほっとした瞬間、俺はまた意識を失った。
「ーーー!ーー!ーーーー!!」
遠くから誰かの話し声が聞こえる。なんだようるさいな、人が寝てるっていうのに。
……あれ、俺なんで寝てんだっけ?
そうだ、ヘアマニキュアゾーメにやられて、病院に運ばれたんだ。
奴はとんでもない力の持ち主だった。あれが幹部だとしたら、ボスはどれだけ強いんだ……?
確か奴は、「漆黒の王」を甦らせることが目的とか言っていた。漆黒の王ってなんだよ厨二臭いな。
考えていたらだんだんと意識がはっきりしてきた。そうか、俺は起きなきゃいけないんだ。起きて、クロゾーメ軍団と戦わないといけない。
目的を思い出した俺が目を開けると、そこには言い争う大輔と美乃里の姿があった。
……え、美乃里?なんでいるんだ?
「大体あんたが助けに行かないから!」
「いやそんなこと言われたって、染髪マンが敵わない相手に俺が何かできるかよ!足でまといになるだけだろ!」
「そんなの分かんないでしょうが!……ってちょっと待って!柊吾が起きてる!」
美乃里が気づいたことで大輔も俺の方を見る。
2人はさっきまで言い争っていたことを忘れたかのように、慌てて駆け寄ってきた。
「柊吾!大丈夫なの!?」
「気絶するなら先に言ってくれよ!!」
んな無茶な。心配してくれてるのはありがたいけどめちゃくちゃなことを言うのはやめてくれよ。大怪我してんだよこっちは。
「ていうか、なんで美乃里がここに?」
「あーいや、それはなんて言うか……」
急に歯切れが悪くなる大輔の言葉を遮って、美乃里は大声を上げた。
「あたし、見たんだからね!あんたが変身するところ!」
「はあああ!?」
なんで美乃里が俺の変身を見てんだよ。あの場にいたのは怪人に襲われていた人たちと大輔だけだったはずだ。
「いやいや、だってあんたたち不自然すぎるんだもん。あんな感じで走っていって、何かあると思わない方がおかしいでしょ」
「と、こんな感じで問い詰められてる最中だったわけだ。俺が柊吾を助けられただろ、なんて無理なことも言われてな」
なるほど、美乃里は俺たちの後をつけてたんだな。確かに、俺も逆の立場なら何をしてるのか不思議に思うし、興味があったら追いかけてしまうかもしれない。
怪人が現れたことで焦っちゃったな。反省だ。
「それで、あんたはいつからヒーローなんてやってんの?」
「ええと……大学に入るちょっと前からだな」
それを聞いた美乃里はまた声を荒らげる。
「もう2ヶ月ぐらい経ってるじゃん!!」
「ああ、そうだけど……美乃里はなんで怒ってるんだ?」
そう、それがずっと不思議なんだ。美乃里には俺と大輔がクロゾーメ軍団を相手にしてることには何も関係が無い。
仮に俺がヒーロー活動をしてると知っても、美乃里には今のように怒る理由が無いんだ。
こいつはなんでこんなに怒ってるんだ?
「そ、それはどうでもいいでしょ!それより、そんな危険なことやめておきなよ!さっきの櫛みたいなの持ってる怪人みたいなのがもう一回出てきたら、あんたほんとに死んじゃうよ!?」
なんで怒ってるのかはともかく、美乃里が俺のことを本気で心配してくれてるのは分かる。
でも、美乃里の言うように俺がヒーロー活動をやめるということは、クロゾーメ軍団を野放しにしておくということだ。
奴らは漆黒の王とかいうのを復活させる為に、人々の命を危険に晒している。
そして、俺には自分が守れる範囲……いや、手を伸ばせば届くところを守る力がある。
俺が戦わなかったら、手の届く範囲の人まで見殺しにしてしまう。それだけは嫌だ。
「悪いな美乃里。俺には戦う理由があるんだ。お前の言うようにできたら楽なんだが、そういうわけにもいかなくてな」
「なんでよ!?だったら……だったらあたしも戦う!!」
いやなんでそうなる!?それこそ危険だし、美乃里には戦う力も無い。大輔のようにメカニックを担当できるわけでもないだろうし、実際に戦うなら命を捨てるも同然だ。
「はっはーん、なるほど。そゆことね」
俺たちのやり取りを少し離れて見ていた大輔は、小声でそんなことを呟く。
何が分かったのか知らないが、とにかくヘアマニキュアゾーメを倒しに行くことが優先だ。
「よし、俺は今からもう一度ヘアマニキュアゾーメと戦いに行く。大輔、着いてきてくれ」
「ちょ、ちょっと待てよ柊吾!お前の体はボロボロだし、そもそも今のお前じゃ染髪マンに変身できないだろ!」
ああ!そうだった!今の俺は白髪染めで黒髪になっていて、染髪マンへの変身能力を失ってるんだった!
どうしよう、白髪染めなんてそう簡単に落ちるもんじゃなさそうだし……。
『戦え〜戦え〜ブリーチ毛の戦士よ〜♪』
そんな時、俺のスマホが着信音を鳴らす。
「ええ……柊吾お前どんな着信音だよ……」
「いや、染髪マンになった時にテーマソングが欲しいなと思ってさ、作ったんだよ。ほら、ヒーローにはかっこいい歌が必要だろ?」
「その歌をかっこいいと思ってるならあんたのセンスを疑うわー……。ちょっと引くかも」
ええ!?なんでだよ!?せっかく頑張って作ったのに!ちなみに曲のタイトルは「ブリーチガンガン」だ。ア〇パンマンの「勇気〇んりん」を真似した。
「お前ほんとそのセンスはどうかと思うぞ。それより、電話出なくていいのか?」
「ああそうだ。誰からだ?」
枕元にあったスマホを見ると、画面には『金森蘭』の文字。そうだ、染髪マンになった時に連絡先を交換しといたんだった。
「もしもし、染谷です」
『ああ染谷くん。金森よ。元気?じゃないわよね。風の噂で聞いたわ。クロゾーメ軍団の幹部にやられたそうね』
いやどこから聞いたんだよ。俺はヘアマニキュアゾーメにふっ飛ばされて、そのまま病院に運ばれたはずだ。決して美容院ではない。
『ところで、君がやられたのはヘアマニキュアゾーメで間違いない?』
「はい、そうですけどそれが何か……?」
『ヘアマニキュアで黒染めされたんだったら、カラーリムーバーで落とせるわ。今変身できないでしょ?美容室に来る元気があるかは知らないけど、私なら変身できるように施術してあげられるわ。どう?来れそう?』
なんだって!?美容師ってのはほんと凄いな。髪に関してのことならなんでも出来るんじゃないだろうか。
もし変身能力を取り戻せるなら、すぐにでも行きたいところだ。……だけど。
「すみません金森さん。まだ動けそうになくて……」
『そうよね、完膚なきまでに叩きのめされたんだものね。でも大丈夫。君と戦ったヘアマニキュアゾーメは、滅多に表に出てこないの。今回は君が派手に怪人を倒し続けてたから出てきただけみたいよ。君が下手に動かなければ、奴は出てこない。安心して治療に専念するのよ』
そうなのか……。確かに、入学式後に呼び出された時も、権藤教授は俺に対して忠告をするだけだった。あまり自分がクロゾーメ軍団の幹部だということを世間に明かしたくないようだったし、向こうも派手には動けないのかもしれないな。
「分かりました。治り次第美容室に行くんで、その時はお願いします!」
『了解。ところで君、何人かにヒーロー活動してることバラしたでしょ?同じ学校の人とかには髪色でバレやすいから、あんまりこれ以上染髪マンのことを知ってる人を増やしちゃダメよ?』
「うぐっ……わ、分かりました。善処します……」
金森さんは俺に釘を刺して電話を切った。そうだよな。変身後も俺の髪は丸出しだから、大学の友達なんかは染髪マンのことを知ったらすぐに俺を疑うだろう。
あまり派手に活動しないようにしないと……。
「柊吾、電話終わった?もしかして柊吾の髪を染めた美容室の人からだったり?あたしもその美容室行きたいんだけど!紹介してよ!」
「美乃里……だから、そんな簡単なことじゃ……」
必死の形相で俺に迫ってくる美乃里を、大輔が引き離す。
「はいはいそこまで。とりあえず俺らにできることは、柊吾をサポートすること。美乃里ちゃん、なんか食いもん買ってきてやろうぜー」
「ちょっと待ってよ!話はまだ……」
「あ、そういやこの近くに美味いラーメン屋あるの知ってる?今着いてきたら奢ってやるんだけどなー」
「行く!!行くから!!ほんとに奢ってくれるのよね!?」
大輔の甘いセリフに美乃里はあっさり食いついた。なんかそれはそれでラーメンに負けたみたいで複雑な気持ちになるな……。
まあ、美乃里が危険なことに首を突っ込もうとしないならそれでいい。
それよりも、俺はヘアマニキュアゾーメの倒し方を考えておかないとな。
やいやい言いながら出ていく2人を見送りながら、俺はヘアマニキュアゾーメを倒す為に次の髪色について考え始めた。




