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死んだ鳩の話

作者: 利根山 喜一


ドカン、と小さな爆発にも似た衝撃音が窓ガラスの外から聞こえた。

5限の国語の授業が一旦中断され、好奇心旺盛な小学生達がワラワラと窓ガラスに群がる。もちろん私も例外ではない。寄ってみると砂で出来た鱗のような模様が窓ガラスにくっきりと付いていた。

下を見ると、コンクリートの平たい屋根の上にハトが首を捻じ曲げ、仰向けになって転がっていた。多分即死だったと思う。


とても微妙な位置に死骸は転がっていて、回収するのに苦労した。しばらくその死骸は黒く汚いコンクリートの上に野晒しになっていて、時折冷たい秋の雨が羽を濡らした。

数日後先生がホウキと脚立を使って回収した。そしてビニール袋に包んで当時動物係だった私ともう1人の女子に手渡して埋めて来てくれ、と言った。彼女は私の初恋の人だった。黒く綺麗な髪に惹かれていた。

動物係といってもメダカや亀、良くてウサギくらいの世話しかした事がないので彼女は嫌がったが、私は快諾して死骸の入ったビニールを受け取った。思っていたよりも重く感じた。



私の小学校の裏手にはカメノコ山という雑草と木が荒れ放題になっている公園があった。学校で飼育していた生き物が死ぬと、ここに生き物を埋めるのだが、それは決まって動物係の役割だった。

死骸に触るだけで皆は嫌がったが、それ以上にカメノコ山に近付く事を何よりも嫌っていて、それが動物係を不人気職にしていた。


首を吊った女の霊が出る、死んだ動物達の霊が出るというオカルトじみたものからマムシが出るという実体験らしいものまで色々取り揃っていた。それに通学路から外れていて、昼間でも日差しが差し込んでいるはずなのに薄暗い空気がしていたから誰もカメノコ山には近付かなかった。瘴気と言ってもいい。日当たりはいいはずなのに、脳内のカメノコ山の映像を閲覧すると薄暗い。


だがこの山は北関東にしては珍しくシロバナタンポポが咲く。見たことないようなサイズの女郎蜘蛛の巣に引っかかってでも、時々私は白いタンポポを目当てにカメノコ山にやってきていた。


そんなカメノコ山の一隅に2人でシャベルを突き刺し、鳩を埋めた。前年に死んだウサギのシロというやつを埋めたところだ。

だがシロの痕跡は全く残っておらず、大きなミミズが出てきて彼女を震え上がらせた。

死骸を埋めて2人で家路についた。好意を寄せていた子との帰り道だったが、心はカメノコ山に置き去りだった。


カメノコ山は、まだ見知った親族が死んでいなかった私にとって、先祖の墓場より1番身近に死を感じる場所だったのかもしれない。

ふと死ぬのが怖くなった。2人で歩いているすぐ後ろの影に死神が潜んでいる気がした。彼女と別れたあとに全速力で家に帰り、必死に手を洗ったのを覚えている。

その日からカメノコ山に行くことは無くなった。あの時は生きて帰れた。でも次はない気がした。


結局私は小学校を卒業した後、親に勧められるがままに東京の中学校に進学して、いつのまにか東京で大学生になった。

彼女とは小学校の卒業式以来会ってもいないし、ウサギや鳩の死骸を見たこともない。シロバナタンポポなんてGoogle画像の中の存在になった。もちろんカメノコ山にも行ってない。


だが時々、人生に悩んで遠くの方を見るとカメノコ山が浮かんでくる時がある。錆びた遊具、生え散らかした雑草、大きな蜘蛛の巣、シロバナタンポポ、それらを明るく照らす木漏れ日と暗くかかったフィルター。

あの日怯えていた影もいつしか消えた。カメノコ山に今行ったとしても死ぬことはないだろう。だがもし、死ぬ日が来たならばカメノコ山に埋めてほしいと、そう思うようになった。


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