妖怪の町 【月夜譚No.265】
天然の花吹雪が視界を遮る。彼女は思わず目を瞑り、花吹雪が収まった頃を見計らって瞼を上げた。
「わぁ……」
声が出てしまったのは無意識だった。しかし、それは無理からぬこと。見える景色が一変していたのである。
澄んだ青空に桃色の花が舞う。彼女が立つのは小高い丘の上で、眼下に町が広がっている。
家々は小さく、手作りといった感じがここからでも見て取れる。色や形、それぞれに個性があって、生活の欠片が鏤められているようだ。
そしてその合間を縫って歩くのは、人ではない異形のモノ。世間一般に言う〝妖怪〟と呼ばれるモノ達。
喜色満面にそれを眺める彼女の肩に手が載った。背後を振り返ると、頭が後ろに長く伸びている妖怪――ぬらりひょんが立っている。
案内をしてくれると言う彼が身を翻す。彼女は喜びに数回足踏みをして、彼の後に続いて丘を下り始めた。
妖怪の暮らしを間近で見られる。浮き立つ心は、桜の花のように軽く明るかった。