立ち込める暗雲
ミロ・セイス連合国。
四つの小国からなる国家で、ミロ・セイスとはこの世界の古い言葉で『同じ痛みを知る者』という意味を持つ。
かつては何度も周辺国家から領土を狙われ、情勢不安から小国同士での小競り合いも起こっていた。
しかし一五〇年ほど前、セシル・グランという人物が同盟を持ちかけ、それによって誕生したのが現在のミロ・セイス連合国である。
その後、四ヶ国の国境が交わる地点に城を建て、そこにそれぞれの国の代表が集って議会が発足したのだ。
そして今現在、代表達による会議が行われている最中である。
「先程アルディアス王国の兵達が国境を越えたという報告があった」
「ほう、ずいぶん時間がかかったな。 我々が要請してから一ヶ月か?」
「悠長だねぃ。大国の余裕ってヤツ?」
「協力を要請しておいて何だけど、対岸の火事とでも思っているのかしらね…」
…といっても、会議というよりは王国の対応への不満を漏らす会という感じだが。
二ヶ月ほど前、連合国内で違法な薬物が出回り、連合国はその対処に追われた。
捕らえた商人から吐かせても正確な出所が掴めず、今回の事件に関わっていると思われる商人を検挙してどうにか国内での流通を取り締まることができた。
しかし警備の目を掻い潜っているのか、或いは内通者がいるのか、一週間前から件の薬物が再び出回るようになった。
流通ルートがまったくわかっていないというのに、これでは同じことの繰り返しになってしまう。
現状ウィスニア大陸で違法薬物の被害に遭っているのは連合国のみで、何故か他の国には出回っていない。
おそらく連合国を足がかりに他国に売り捌くつもりなのだろう。
周辺国はそれに気づいていないのか、それとも気づいていながら呑気に構えているのか。
どちらにせよ、国際問題になる前に解決しなければならない。
これ以上自国で好き勝手されるのは流石に我慢ならないから。
◇ ◇ ◇ ◇
アルディアス王国の騎士団と魔法師団は連合国軍が駐留する砦へと辿り着いた。
「アルディアス王国からの援軍でございますね。私はロア・ハルバス、連合国軍第三部隊の隊長を務めさせていただいております。以後お見知り置きを」
「アルディアス王国第一王子、リチャード・アルディアスだ。だが今回は軍務で赴いている故、王族ではなく一人の騎士として接してほしい」
「かしこまりました。では、殿下は私と共に。騎士団の皆さんはぜひ旅の疲れを癒してください」
ロアと名乗った軍人は自身の部下に王国の騎士団を案内させ、自分はリチャードを連れて砦を歩いていく。
「まさか殿下自ら来ていただけるとは、望外の極みでございます」
「父上からの指名でな。そうでなくとも、例の組織が関わっているならば捨て置けん」
「音に聞こえた『蒼剣』が味方につくとなれば、これほど頼もしいことはありません」
「その呼び名はあまり好きではないのだがな…」
リチャードは王立学院を飛び級で卒業した後に騎士団に入団し、メキメキと実力をつけて齢十七にして王国騎士団副団長に任命されることとなった。
史上最年少での副団長の就任は瞬く間に他国に知れ渡り、その名を轟かせたのだ。
そして多くの武功をあげた彼は、副団長就任時に賜った剣に因んで『蒼剣』の異名で呼ばれるようになった。
そんなことを話している内に二人は会議室に辿り着く。
席に着いた二人は地図を広げ、今回の作戦について確認するべく、兵からの情報をもとに地図上に駒を置いていく。
「我々と王国軍の混成部隊ですが、いくつかの班に分かれて動くのがいいでしょう」
「だな。となると、だいたい十人程度の小隊がいいだろう。範囲は広いほうがいい」
「敵はどこに潜んでいるかわかりませんからね。小国とはいえ、連合国全体となれば探し回るのは骨が折れるでしょうし」
二人は互いの意見を交わしながら班の編成を進めていく。土地勘のない王国軍だけの部隊では行き詰まるのは目に見えている。
だからこその混成部隊だ。
とはいえ、即席のチームでどこまで連携がとれるかという心配もある。
演習に割ける時間もあまりない。付け焼き刃となってしまうのは致し方ないか。
「時に殿下、本当にあの二人の子供を戦闘に参加させるのですか?」
「貴方の懸念ももっともだ。だが王命である以上反対することはできん。納得はしていないがな」
「…左様ですか」
アルディアス王国に限らず、年端もいかぬ子供を戦場に送り出すのはどこの国でも倫理的にアウトらしい。
そのことにリチャードがもどかしい思いをしているのは表情から窺える。
王国の上層部はいったい何を考えているのか。
もしも二人が王国にとって重要な人物だった場合、万が一のことがあれば王国を敵に回すことになりかねない。
或いは、その為に送り込んだのか。
ただでさえ違法薬物の件で頭を悩ませているというのに、これ以上頭痛の種を増やさないでほしいものだ。
「ところで、例の組織の動向は?」
「まだ詳しくは…、ですが斥候部隊を派遣しているので、じきに報告が入るかと」
「そうか。末端とはいえ、潰せる時に潰しておかねば後々火種になりかねん」
「同感です。それで、兵達の振り分けはこれでよろしいですかな?」
「ああ、異論ない。あの二人は私が預かることにしよう。それと万が一に備えてキサラギも同行させる」
「キサラギ……ああ、あの隻腕の騎士ですか」
「彼女の実力は私が保証する。心配いらん」
自分が心配しているのはそこではない――という言葉を飲み込んで、ロアは地図に視線を戻す。
現在手元にある情報だけではイニシアチブをとるには不十分だ。
かといってこのままでは虱潰しに探す羽目になってしまう。
心の平穏を保つ為にも早急にこの件を片づけたいが、きっと簡単にはいかないのだろう。
ため息を吐いたその時、連合国の兵が会議室の扉を勢いよく開けて入ってきた。
「失礼します! 我が軍の斥候部隊が組織と交戦したとの報告が入りました!」
◇ ◇ ◇ ◇
組織との交戦の報を受け、兵達に緊張が走る。
遅かれ早かれこうなるとは思っていたが、まさか想定より早くぶつかることになろうとは。
兵達は出撃の準備に取り掛かり、砦は一気に慌ただしくなる。
「少し寝ようと思ったのに…」
ため息を吐きながらそう溢す初花だが、気怠そうな雰囲気とは裏腹にテキパキと動いている。有事の際にすぐ出られるよう常日頃意識しているのだろう。
「初花さん、組織って何ですか?」
忙しなく動いている初花に青柳は恐る恐る尋ねる。
「あれ、殿下から聞いてないの?」
「いえ、特には…」
「そっか。――ちょっと待ってて」
そう言って準備を終えた初花はあたふたしている周を捕まえて椅子に座らせ、青柳は初花が用意してくれた椅子に座って話を待つ。
「今回私達が戦うのは裏社会の組織。それはまあなんとなく想像がつくと思うけど、出てくるのはたぶん末端の連中だから、君達でも戦えるレベルだと思うよ」
「末端? じゃあ結構大きな組織ってことですか?」
「うげぇ、それじゃあ潰すのは滅茶苦茶時間かかりそうっすね」
「潰すのは不可能だよ。末端の構成員を捕らえても、組織からすればいくらでも替えが利く補充要員でしかないからね。大して痛手にならない」
つまりそれほど規模が大きい組織ということになる。それでも今の自分の実力でなんとかなるかもしれないということに二人は少し安堵する。
しかし不安は拭えない。
自分達の実力がこの砦にいる誰よりも劣っているのは紛れもない事実だ。
余計なことをして足を引っ張ればその瞬間に皆を危険に晒してしまう。
なんとかなるなどと悠長な考えには到底至れない。
「それで…その組織っていったい…」
不安とプレッシャーに圧し潰されそうになりながら周が口を開く。
「組織の名はユグドラシル。神話の時代に存在したという世界樹の名を冠した、裏社会の最大勢力だよ」
◇ ◇ ◇ ◇
連合国南西の国、ホルム国。
その郊外にある森の中にユグドラシルのアジトのひとつがある。
パッと見はただの廃墟だが、中では薬物の原料となる薬草の栽培が行われている。
この近辺は魔物がうろついているので普通の人間はまず近づかない。加えてここは木々が鬱蒼としており、昼間でも薄暗い。
隠れて栽培と製造を行うにはうってつけだった。
「進捗はどうかな?」
額に傷のある、武装した壮年の大男が問う。
「順調です。従来の物より少し配合を変えまして、より依存性が強くなっています。ただ…」
「なんだ?」
「国軍に勘づかれたようでして、少々派手にやりすぎたかもしれません」
「ふむ…」
男は少し考えると、完成品に目をやる。
「今使えるのはこれで全部か?」
「ええ、――もしかして、足りないですか?」
「いや、これだけあれば充分だ。実験するには丁度いい」
「実験、ですか?」
「軍の連中が嗅ぎ回っているのだろう? ならそいつらに使えばいい。連中の勢いを削げるうえにデータも得られる。一石二鳥ではないか」
聞けば国軍の斥候部隊がこちらの動きを探っているという。
ならば好都合だ。奴らには新型の実験台になってもらおう。
「さすがはスミス様。ではこちらを貴方様の部下に。連合国に打撃を与えてやりましょう」
「心得た。ふっふっふっ、連中の狼狽する顔が目に浮かぶわ」
スミスと呼ばれた大男と研究者の男は互いに邪悪な笑みを浮かべる。
その後スミス率いる部隊が斥候部隊と交戦し、うち六人が新型薬物の犠牲となった。
彼等は辛くも撤退することができたが受けた被害は大きく、斥候部隊は活動停止を余儀なくされた。
これを受け、リチャードとロアは翌日に一斉摘発に乗り出すことを決定した。
この時は誰も知らなかった。
この戦いが周と青柳の運命を分つことになるなど……




