異世界人との出会い
「光井君、少しいいかな…?」
「どうした? 青柳」
風呂からあがった青柳が神妙な面持ちで話しかけてくる。入浴中に何かあったのだろうか。
「実は…」
◇ ◇ ◇ ◇
「君、日本人だよね?」
「え……?」
あまりに想定外の質問に青柳は言葉を失ってしまう。
てっきり自分が本当に勇者なのかとか、そういうことを聞かれるもの思っていたから。
それより、今彼女はなんと言った?
彼女は青柳のことを異世界人ではなく日本人と言った。
もし彼女がこの世界の人間なら日本のことは知らないはず。それはつまり、彼女も日本人であることを意味する。
「あなたも、日本人なんですか?」
青柳は意を決して聞いてみる。
「そうだよ。私も君達と同じ、日本から来た異世界人なんだ。――そう言えば、まだ名前を教えてなかったね。私は初花、如月初花だよ」
「わ、私は青柳翼です」
「あはは、知ってるよ。出発前に自己紹介してたからね。――そうだ、翼ちゃんって呼んでいい? 私のことも初花でいいから」
「はい、初花さん」
如月初花と名乗った彼女は明るく笑いかける。
しかし疑問が残る。彼女が本当に自分達と同じ世界から来たのなら、彼女も勇者として召喚されたはずである。
だがアルディアス王国は百年も勇者の召喚に成功していないという。もしそれが本当なら、いったい彼女はどうやってこの世界に来たのだろう。
アルディアス王国以外の国が召喚した可能性もなくはないが、わざわざ他国の騎士団に所属する理由もない。
「あの、初花さんはどうしてこの世界に?」
「んー、実はあんまり覚えてないんだよね。この世界に来る前後の記憶が曖昧でさぁ」
「そうなんですか?」
「元の世界のことはもちろん覚えてるんだけどね。だけどこの世界に来た瞬間のことはあやふやなんだ」
初花はうんうんと唸りながら当時の記憶を必死に手繰り寄せるが、やはり靄がかかったように思い出せない。
これは、自分をこの世界に喚んだ人物からの忠告なのだろうか。余計なことは思い出すなと。
「初花さんは、どうやってこの世界で生きてきたんですか?」
これ以上の情報は得られないと判断した青柳は次の質問に移るが、それを聞いた初花の表情が一瞬険しくなった。
「んー、教えるのは全然いいけどそろそろのぼせそうだから、この話はまた今度ね」
「え? あ……はい」
そう言って話を切り上げると、風呂からあがって体を拭き始める。
何かまずいことを聞いたのだろうか。思い出したくないような辛い出来事があったのかもしれない。例えば、誰か大切な人を亡くしたとか。
もしそうだったら悪いことをした。
青柳も湯船からあがり、初花に一言謝罪する。
「あの、ごめんなさい。何か聞いちゃいけないことを聞いたみたいで」
「ん? ああ、翼ちゃんが謝ることじゃないよ。まあいろいろあったのは事実だけど、それは翼ちゃんが知る由もないことだからね。気にしなくていいよ」
「…ありがとうございます」
そう励ます初花のおかげで幾分心が軽くなったのか、青柳は僅かに笑みを溢す。
その後は会話もそこそこに着替えを済ませ、二人一緒に出てきたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
「俺達と同じ日本人…」
青柳から聞いた話は想像の斜め上だった。
自分達以外の異世界人ももしかしたらいるかもしれないとは思っていたが、まさかこんなすぐ近くにいようとは。
とんでもないカミングアウトをされた周は一瞬思考がフリーズしてしまう。
如月初花。自分達よりも前にこの世界に来た同郷の人間。彼女の過去に何があったのかはわからないが、少なくともおいそれと触れていいものではないようだ。
「青柳、その人は今どこに?」
「わからない…。でもそろそろ寝る時間だから、何か聞くにしても明日にしよう?」
「…そうだな。明日も早いし、さっさと寝るか」
そう言うと二人は寝る準備を始める。
火を消して寝袋に身を包み、やがてスースーと寝息をたてはじめた。
そうして皆が寝静まった頃、タイミングを見計らったかのように一人の男が姿を現す。
「ふぅ…、夜は少し冷えるな」
そう呟くと周囲を見回し、不審な人物がいないか確かめる。
報告ではこのあたりで怪しい人物を見かけたというが、いまこの時間には騎士団と魔法師団のメンバー以外はいない。
連合国軍との合流地点はもう少し先なのだが、仮に軍人だとしてもこんな遅い時間には訪ねてこない。
「まったく殿下も人使いが荒いぜ。いくら夜目が利くったって、さすがに一晩中はキツいっての」
ぶつくさ文句をたれながらも主人からの命はきっちり熟す。生活リズムが崩れつつあることには文句を言いたいが。
「………ねむ。……そろそろいいか」
結局朝まで何も異変は起こらず、日の出と共に彼は深い眠りについたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
周達が出発した翌日、アルディアス王国の王城内の執務室に乗り込んできた人物がいた。
「フィリップ、貴方いったいどういうつもり?」
「どう、とは何のことだね。貴女達に目をつけられるようなことはしてないと思うのだが」
「シラを切ろうったってそうはいかないよ。私に隠し事は通じない。それは貴方が一番よくわかってるはずだけど?」
フィリップは心の中で舌打ちをする。
彼は王国でも有数の魔法使いだと自負している。しかし上には上がいるのが世の常だ。
その遥か格上の魔法使いこそ、今自分の目の前にいる少女、ソニア・ランスリーフである。
ソニアは見た目こそ少女のようだが、実はフィリップよりも長く生きている。彼女の実年齢が何歳なのかフィリップも知らないし、たとえ聞かれても答えないだろう。
「だったら魔法で無理矢理暴けばいい。貴女にはそれができるのだから」
「確かにそのほうが手っ取り早いけどね。でも、できることなら当事者の口から聞きたいんだよ」
「なぜわざわざそんなことを。貴女なら尋問して吐かせるのも容易かろう」
「――そう。あまり手荒な真似はしたくないけど、それがお前の望みなら仕方ないね」
すると次の瞬間、フィリップの頭の中を激しい痛みが襲う。あまりの痛みにフィリップは頭を押さえてのたうち回り、額には脂汗が浮かんでいる。
「あまり乱暴をしてくれるな、ソニア殿」
「…私は何もしてないよ」
同席していたウィルバーが苦言を呈すが、ソニアはあくまでシラを切る。
ソニアの言う通り、彼女は指ひとつ動かしていない。しかしフィリップの惨状もただの頭痛では片付けられない。
「私達は貴女の手の内をある程度知っているつもりだ。敵に回せばどれほど恐ろしい存在かもな」
「それをわかってて彼は煽ったんでしょ。自業自得だよ」
「だが一国の王として、国の重鎮に手を上げる輩に沙汰を下さないわけにはいかないのだよ」
「…わかったよ。ちょっとやりすぎた」
そう言って、フィリップにかけた魔法を解く。
やっと激痛から解放されたフィリップは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「フィリップもあまりソニア殿を煽るな。昔散々やられたのだろう?」
「それはわかっているのですがね。どうにも気に食わんのですよ」
この世界には様々な魔法がある。フィリップも幼少の頃から魔法に触れ、その腕を磨いてきた。
数多ある魔法の中でも彼が得意とするのが、相手の心の中を読み取る読心魔法である。
彼の手にかかればどんな相手だろうとその心を丸裸にできる。戦闘だろうと謀略だろうと、相手の考えがわかればそれを利用し、罠に嵌めるのも容易い。
しかし、フィリップの実力をもってしても心を暴けないのがソニアだ。
読心魔法で相手の心を読むには、相手の精神防御を突破する必要がある。
だがソニアの精神防御の構造は複雑で、且つ多重に展開しているものだから打ち破るのは困難を極める。
おまけにソニアの読心魔法の技術はフィリップを凌駕しており、相手の心を読めないどころか自分が心を読まれてしまう。
故にフィリップは、まったく太刀打ちできないソニアを苦手としている。実際には苦手どころか忌々しく思っているが、それを口には出さない。
そう考えていることもソニアには筒抜けなのだから。
「ソニア殿が聞きたいのは、勇者召喚についてだろう?」
「そうだよ。何を企んでいるのか知らないけど、二千年前ならいざ知らず、この平和な時代に勇者の力は必要ないはずだよ」
「組織と事を構えることになるかもしれんのだ。戦力は多いほうがいい」
「…上の連中が出張ってくるとは思えないけどね」
どうせ彼らが戦うことになるのは組織の末端だ。リチャードまで駆り出すのは些か過剰戦力とは思うが、大方勇者のお目付け役といったところか。
なんにせよ、まずは召喚された勇者が害か益かを見極めなければならない。そのため一刻も早く彼らの後を尾ける必要があるが、生憎王都でやる事があるのですぐには出発できない。
まずは指名依頼を片付けるとしよう。
「それじゃ、私はこれで失礼するよ」
「もう行くのかね。久しぶりに会ったのだ、茶の一杯でも飲んでいけばよかろう」
「依頼主を待たせているからね。あまりゆっくりしていられないんだ」
「そうか、それならば仕方ないな」
そう言って、ソニアは執務室を後にする。
彼女が王城から離れたのを感知すると、フィリップは深いため息を吐く。
「脳髄痛撃……、相変わらず腹立たしい女よ」
ソニアへの敵愾心を隠そうともしないフィリップ。彼女には学生時代から幾度も辛酸を舐めさせられてきた。
彼は幼少期から魔法の天才と謳われていたが、自らの才に驕らず血の滲むような特訓を続け、魔法師団長にまで登り詰めた。
現在は後進に団長の座を譲って王立学院の長を務めているが、その実力は健在である。確かに現役時代に比べれば幾分衰えてはいるものの、それでも王国で彼と肩を並べる魔法使いは少ない。
そのような経歴と実力に裏打ちされたプライドも高く、そのプライドを粉々にしたソニアに対しては露骨に嫌味な態度を取る。
「しかし、ソニア殿はどうやって勇者の存在を嗅ぎつけたのだろうな」
「あの女のことです。式典に姿を消して紛れ込んだに違いありません」
「だがそう考えるとひとつ疑問が残る。勇者の存在は式典まで徹底的に秘匿してきた。私とフィリップをはじめ、召喚に立ち会ったごく一部の人間しか知らないはずだ」
「使用人達の噂話という線は考えにくいですな。人の口に戸は立てられないとはいえ、噂を鵜呑みにする阿呆はおりますまい」
「となると、彼女は最初から知っていた……か」
おそらく、ソニアより上の存在が彼女に勇者の確認を依頼したのだろう。
彼女のことだ。勇者が向かった先も自分達の頭の中を覗いて知ったに違いない。
万が一にでも勇者を始末されては、これまでの苦労が全てパアになる。それだけはなんとしても避けたいが、相手はソニア。
彼女を説得できるだけの材料がなければ話し合いにすらならない。
「…ままならんものだな」
ため息を吐きながらウィルバーは窓の外を見る。
今はただ、彼らの無事を願うしかない。
たとえ今は弱くとも、いつかソニアをも凌駕する強さを身につけるだろう。
かつて存在した異界の魔法師のように。




