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勇者の出立

 式典の後、モノクルをかけたオールバックの男――ヘンリー・バーネットはため息を吐きながら馬車に揺られていた。


「なぜ陛下は勇者召喚など行ったのだ…」

「なぜって、陛下も仰っていたでしょう? ミロ・セイス連合国と共に大陸に迫る脅威を退けるためだと。…まあ、少々きな臭いとは思うけれど」

「それはわかるが、だからといって勇者の力に頼らねばならんほど、この国は逼迫していないはずだ」


 同じ馬車に乗る妻、サリア・バーネットと先の式典でのことについて話していると突然馬車が止まった。

 衝撃でよろけたサリアを支えると、扉を開けて御者に尋ねる。


「どうした?」

「どうしたじゃねえよ。命が惜しけりゃ有り金全部よこしなァ!」


 どうやらチンピラに絡まれたようだ。御者は剣を突きつけられて身動きが取れずにいる。

 このチンピラ達は馬車に乗っているのが貴族だと知ったうえで襲撃したのだろう。


「命が惜しければ…か。その言葉、そっくりそのまま返すとしよう」

「なんだと?」

「このまま帰れば君達の行いには目を瞑ろう。君達もまだ死にたくはないだろう?」


 自分の置かれた状況がわかっていないと思ったのか、チンピラ達はゲラゲラと笑い転げる。

 チンピラ達のリーダーと思しき男がヘンリーに剣を向け、下卑た笑みを浮かべる。


「おいおい、たった一人で俺達をどうにかできると思ってんのか?」

「当然だ。君達程度なら丸腰で充分だ」

「面白ぇ! やれるもんならやってみやがれ!」

「――それが答えか。なら遠慮はいらんな」


 その後、リーダー格の男はヘンリーに素手で半殺しにされ、その様子に怖気付いた残りのメンバーももれなくシバき倒され、全員まとめて憲兵に突き出されたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 無事式典を終えた周達は騎士団の詰所へと足を運び、そこで出発に向けた準備をしていた。

 今回同行する騎士団のメンバーとは一通り顔合わせを済ませ、必要な装備や騎士としての心構えを教わりながら最終調整をする。


 そして、いよいよその時がやって来た。


「我々はこれよりミロ・セイス連合国へと向かい、同国の部隊と合流する! 今回の遠征が初めての者もいるだろう。だが心配はいらない。ここにいる者達は皆、日々の厳しい訓練を耐え抜き、己の力を磨いてきた、我が軍が誇る騎士達だ」


 出発直前、王国騎士団副団長にして今回の遠征部隊の隊長であるリチャードの演説が始まる。

 どこか不安そうにそわそわしていた何人かの騎士も、表情を引き締めてリチャードの演説に聞き入っていた。


「ならば恐れることはない! アルディアス王国の未来のため、ウィスニア大陸の安寧のため! 我らはそこに巣食う闇を断ち切る刃となろう!」


 段々と熱を帯びる演説に、騎士達の感情も少しずつ昂っていく。

 リチャードもそれを感じたのか、剣を抜いて天に掲げる。騎士達も同様に剣を天に掲げ、周と青柳も続く。


「志を共にする者は私に続け!」


 リチャードの想いに呼応するように騎士達は雄叫びをあげる。

 彼らの心に微塵も迷いはない。ならばこれ以上の言葉は不要だろう。


「いざ、出陣!」


 大星暦二○三○年牡牛の月五の日、リチャード・アルディアスを隊長とする部隊が出発した。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 王都を発ったリチャード達は王国魔法師団より派遣された魔法使い五十人と合流し、騎士団五十人と二人の勇者、総勢百二人の大所帯となった。


 一行は適度に休息を取りつつ街道を進み、およそ五日かけて国境へ到達した。


「ここから先は連合国の領土か…」

「うう…、なんか緊張してきた…」


 あまり国境を越えたという実感が湧かない周に対し、青柳は胸を押さえて深呼吸している。


 無理もない。二人はこの一ヶ月ひたすら勉強と訓練に明け暮れており、外に出る機会などなかった。

 こんな生活でストレスを溜めるなというのが無理な話である。


 加えて現在は任務の真っ最中。どこに敵が潜んでいるかわからない状況でのんびり観光などできるはずもない。


 しばらく進んでいると日が傾いてきたので、一行は足を止めて野営の準備をする。


「二人とも疲れてないか?」

「殿下…」


 野営を手伝おうとした周と青柳にリチャードが声をかける。


「二人には本当にすまないと思っているんだ。年端もいかぬ君達を戦場となるかもしれない場所に送り出すなど、とても容認できるものではない」


 拳をわなわなと震わせながらそう溢すリチャードに二人は何も言えずにいた。


 そう、ここから先は敵と戦うかもしれないのだ。ゲームや映画とは違う、本物の命のやりとりが行われる。

 いきなり戦場に放り込まれて敵と戦えと言われても、平和な時代に生まれ育った子供がすぐに覚悟を決められるかと聞かれると、答えは否だ。


 だからこそ、二人が血を浴びるようなことにはなってほしくない。本当の戦いがどういうものか、二人は知らないのだから。


「殿下は…その…戦ったことがあるんですか?」

「――ああ、戦ったことはあるし、この剣で斬ったこともある」

「そう…ですか……」


 青柳の顔が少しずつ青ざめていく。

 剣で人を斬る感触というものを二人は知らない。できることなら味わいたくはないが、そんな甘いことを言っていていいのだろうか。

 この先勇者として生きるなら、人を斬らなければいけない時がやってくる。その時に覚悟を決められるのか。目を背けずにいられるか。


「正直、私も時期尚早だと思っているんだ。でもいつかは向き合わなければいけない。それはわかっているのだがね」


 過保護と思われても構わない。

 彼らは特別な存在なんかではない。どこにでもいる普通の子供なのだ。

 望んでこの道を選んだならともかく、ある日突然勇者と呼ばれ、自分の意思とは関係なく任務へ駆り立てられる。


 そんなもの、奴隷と何が違うというのだ。


「この先君達が政治利用されないよう父上に進言するが、あまり期待はしないでくれ」

「ひょっとして、あの爺さんですか?」

「ああ、フィリップ殿はかつて王立学院で父上に魔法を教えていた人物だ。父上に勇者召喚を提案したのもおそらく彼だろう」

「なんかクセモノって感じだよなぁあの人」

「確かに、油断ならない人ではあるな」


 そんなことを話しているうちに食事の用意ができた。

 食欲を唆る香ばしい匂いが鼻腔を刺激し、体が空腹を訴える。


 炊事班から料理を受け取り、全員に行き渡ってから食べ始める。本日のメニューはパンと数種類の野菜のスープ、それから燻製肉のソテーだ。


「美味しい…」

「はぁ〜あったまるぅ〜」


 この世界に来てからの一ヶ月、二人には楽しみと呼べるものがなかった。食事の時間もテーブルマナーの講習があったのでかなり辛かった。

 食器の持ち方から料理の食べ方まで厳しく指導されたものだから、気が休まる時間がなかったのだ。


 しかし今この瞬間はテーブルマナーを忘れて食事を楽しむことができる。温かい食事を囲むこの時間こそ、二人にとっては至福のひと時だった。


 食事の後は、魔法師団が用意してくれた簡易的な風呂で汗を流す。

 青柳は女性の騎士団員と共に湯浴みに向かい、振り返って周に忠告する。


「…覗かないでね?」

「覗かねえよ」


 簡易風呂は男湯と女湯で少し離れており、それぞれを塀で囲っている。さらにその周りには数名の騎士と魔法使いが警備にあたっているので、覗きを企む不埒な輩がいればすぐに取り押さえられる。


 もっとも、そのリスクを承知の上で覗きを敢行するような命知らずはいないが。


 青柳と一緒に入ったのは明るいブラウンの髪をセミロングにした女性の騎士だが、青柳には気になるところがあった。


「腕…無いんですか?」


 その女性には右腕が肩口から無かったのだ。


「――ああ、ちょっといろいろあってね」


 ちょっとどころではないと思うのだが、それを聞く勇気は青柳にはなかった。


 湯船に浸かり、青柳は改めて彼女を見てみる。

 その身体は騎士らしく鍛えられているが、女性らしい曲線をキープしていてかなりスタイルがいい。

 おまけに顔立ちも整っているので、もし彼女が自分達が元いた世界にいたらきっとモテるだろう。


「どうしたの? じっと見て。なんか照れちゃうな」

「あ、すみません! そんなつもりじゃ…」

「いいよ、全然気にしてないから」

「その…ひとつ聞いてもいいですか? あの、答えたくなかったら答えなくていいので…」

「気にしなくていいよ。今ここには二人しかいないから」


 デリケートなことを聞こうとしているのは、彼女が俯いているのを見ればわかる。

 憐れみや同情ではなく、人様の事情に踏み込んでいいのかという不安。きっと彼女は心の優しい子なのだろう。

 だからこそ遠慮や気遣いはいらないと励ます。それに、聞きたいことがあるのはこちらも同じだから。


「その…片腕がない生活って、どんな感じなんですか?」

「どんな…というのは?」

「えっと…その……騎士団の訓練とか、日常生活とか…」


 泣きそうな顔になりながらあたふたする青柳を見てクスリと笑う。こんな表情をする子が悪い子なわけがない。なら、こちらも打ち明けよう。


「そうだねぇ。確かに片腕しかないのは不便だし、腕を失った時は退役を勧められたけど、オスカー団長やリチャード殿下が支えてくれたんだ」

「そうなんですか?」

「それに、家に帰れば同居してる子がいろいろ世話を焼いてくれるしね。不便ではあるけど不自由はしてないよ」


 笑顔でそう言い切った彼女は、自分の境遇を悲観したり呪っているようにはとても見えない。

 ハンデを負っている人間が必ずしも不幸とは限らない。不幸だとか不自由だとか、そんなものは他人の勝手な推測でしかないのだから。


 きっと彼女は充実した生活を送っているのだろう。

 自分もこんなキラキラした生活を送れたらいいと青柳は思うが、同時に順風満帆とはいかないとも思う。


 勇者の歩む道が平坦であるはずがないのだ。


「じゃあ、私からも質問」

「え?」


 突然質問されたことに驚く青柳。しかし彼女の方はそんな青柳の様子を気にも止めず、ずっと聞こうと思っていたことを問う。


「君、日本人だよね?」


前話の投稿が一年以上開いてしまって本当に申し訳ないです。これからは少しずつ更新ペースを上げていければと思います。

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