建国記念式典
やっと場面が一話の続きになります
アルディアス王国の建国記念式典当日、周と青柳は案内役の騎士に連れられ、ウィルバーの待つバルコニーへと向かっていた。
すると騎士がある扉の前で止まり、軽くノックする。中から返事が聞こえると騎士は扉を開け、二人を連れて中へ入っていく。
「こうしてお会いするのは初めてですかな?勇者殿」
そう言って出迎えたのは高級感のある黒いローブを見に纏い、立派な髭を生やした老年の男性だ。
「私はフィリップ・ネブロス。アルディアス王立学院にて学院長を務めております。以後お見知り置きを」
簡単な自己紹介をして一礼し、フィリップは顔を上げる。
その表情は穏やかな笑みを浮かべてはいるが、目は全く笑っていない。
まるでこちらを値踏みするかのような視線に周と青柳は思わず唾を飲み込む。
「フィリップ殿、貴方は勇者の召喚に立ち会ったのでは?」
「おお、そうだったそうだった。…あー、しかしあの時は儀式の片付けをしていたのでな。それにあの後も学院でいろいろあってな。今日まで勇者殿に会う時間が取れなかったのだよ」
騎士の指摘に慌てるフィリップを見て周はほんの少し表情を和らげるが、青柳は警戒を強める。
今のやりとりだけを見れば好々爺と思えるのかもしれない。
だが先程の自己紹介の時に感じたこちらを値踏みするような、感情の読み取れない目。
その目を見ていると足に蔦が絡んだかのように動けない。視線を逸らすことさえ許されない、そんな圧を感じていた。
「そういえば、リチャード殿下とルーカス殿下はどこに? 彼等も式典に参加するのだろう?」
「お二人は現在別室で準備されているはずですが」
「お呼びですか? 学院長」
後方から聞こえた声に周達は振り向く。そこにいたのは護衛を付けた二人の人物。
一人は訓練場で世話になったリチャード・アルディアスだ。
周より頭一つ分は背が高いであろう彼の肢体は現役の騎士らしく筋肉質に鍛えられており、栗色の髪の隙間から覗く瞳は意志の強さを感じさせる。
もう一人は初めて見る顔だ。
そのどこか幼さが残る顔立ちと、背格好や声色から察するにおそらく周や青柳と同じくらいの年齢だろう。
「お初にお目にかかります、勇者殿。私はアルディアス王国の第二王子、ルーカス・アルディアスと申します」
「はっはじめまして! 光井周です!」
「はじめまして! 青柳翼です!」
第二王子と名乗ったルーカスに周と青柳は思わず姿勢を正し、簡単に自己紹介をする。
勢いよく礼をした二人を見たルーカスはくすりと笑みを浮かべ、
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。君達と年はそう変わらないし、多少の無礼は気にしないから」
と、柔らかな声色で二人の緊張をほぐす。
未だに王族相手の振る舞いに慣れない二人にとってこの寛容さはありがたい。
一応礼儀作法は一ヶ月で叩き込んだが、それはあくまで最低限のものである。
幼少の頃よりそういった教育を受けてきた貴族子女とは当然年季が違う。
素人に毛が生えたようなレベルでは合格ラインに届かないのは明白だが、そこは致し方なし。
「「あ、ありがとうございます」」
ほんの少しだけ肩の力が抜け、ほっと息をつく。
そんな二人を見てルーカスはふと疑問に思う。
「そういえば、兄上は二人に訓練をしていたのですよね? その時は今のように緊張していなかったのですか?」
「訓練中は王族ではなく一人の騎士として接していたからな。緊張するのも仕方なかろう」
「なるほど、そういうことですか」
納得いったようにルーカスは頷き、周と青柳に向き直る。
表情こそ変わらないが、その眼差しは先程までの砕けた雰囲気ではなく、フィリップ同様、こちらを見定めるようなものだった。
それに気づいた青柳は指先までピシッと伸ばし、顎を引いてまっすぐルーカスを見る。
(ふむ…彼女のほうは及第点といったところか)
多少の無礼は気にしないとは言ったが、それはあくまでこれからの話。今は大事な式典の前だ。
式の途中で何かをやらかせば教育を施した王族の責任になる。
一方の周はというと、どこか落ち着きがなくそわそわとしている。どうやらルーカスの視線に気づいていないようだ。
勇者としての使命から高揚しているのか、はたまた単純に落ち着きがないだけか。
いずれにせよ、現在の周がルーカスの評価基準に届かないのは事実である。まあ、一ヶ月という短い期間で考えるならむべなるかな。
「陛下、殿下、そろそろお時間です」
「わかった。では行こうか」
兵士に呼ばれ、ウィルバー達は部屋を出る。
ウィルバーを先頭にリチャードとルーカスが続き、その後ろに周と青柳がついていく。最後尾となったフィリップは前を歩く周と青柳の後ろ姿を見て僅かに口元を歪め、顎に手を当てる。
(さあて、どちらが本物の勇者なのか…)
◇ ◇ ◇ ◇
王城の中でも一際絢爛豪華な内装となっている大ホール。ここでは王家から招待を受けた貴族や騎士、商人がそれぞれの話題に花を咲かせている。
しかし煌びやかな空間とは裏腹に繰り広げられているのは腹の探り合い。
貴族達はにこやかに振る舞いながらも相手への牽制や粗探しを忘れず、商人は様々なパイプを持とうと商談を持ちかけている。
彼等のコミュニティは主に夜会やお茶会などだが、親睦を深めるというよりは情報交換の側面が強い。
親睦を深めるというのも全くの嘘ではないが。
一方騎士達はというと、皆の談笑には加わらず、会場をくまなく見渡している。
彼等は表向きには招待客だが、実際は騎士団の任務として会場の警備にあたっている。といっても中には本当に招待された者もおり、そういった面々はグラス片手に他の招待客との会話を楽しんでいた。
しかしその話し声も、大ホールの扉を開ける音が聞こえた瞬間に静寂に包まれる。
「ウィルバー国王陛下、入場!」
騎士の掛け声と共にウィルバーが入場し、その後ろに第一王子リチャードと第二王子ルーカスが続く。
だが招待客の視線は国王でも王子でもなく二人の少年少女に向けられていた。
見るからに上流階級の人間ではない彼等が何故この場所にいるのか。
問い詰めたいところではあるが、それを今この場で口にする者はいない。
代わりに突き刺すような視線が向けられ、青柳は底知れぬ居心地の悪さを感じていた。好奇、呆れ、軽蔑。様々な感情の入り混じった視線は、多感な時期の少女には少々刺激が強すぎた。
「皆の者、まずはよく来てくれた。今日という日を迎えられたのも、皆がこの国の安寧と繁栄のために尽くしてくれたおかげだ。国王として礼を言わせてもらう」
ウィルバーの挨拶が始まり、招待客は皆そちらに耳を傾ける。全身が震えるような視線から解放された青柳はほんの少し肩の力を抜くが、直後に新たな視線を感じとる。
横目でちらりと見るが当然そこには誰もいない。
だが……
(気づいた…?)
そこにはたった一人だけ、誰からも招待されていない人間が紛れ込んでいた。
その人物こそ、勇者の存在を探っていたソニア・ランスリーフである。
しかし他の招待客や警備の騎士がその存在に気づくことはない。
なぜなら彼女は魔法で姿を消しているうえ、魔力感知に引っかからないようギリギリまで魔力を抑えているので常人にはまず見つけられない。
王国でも有数の魔法使いであるフィリップを以てしても、今の彼女を見つけるのは至難の業だろう。
「――さて、長くなってしまったが、そろそろ君達の疑問を解消するとしよう。なぜ見慣れない人間がこの場にいるのか…」
挨拶を終えたウィルバーが周と青柳に視線を向ける。それと同時に再び会場中の視線が二人に集中する。周は緊張がピークに達し、青柳は喉の奥が急速に渇いていくのを感じた。
「我々は先月召喚の儀を行い、見事この国に勇者を喚ぶことに成功した。それがここにいる二人、アマネ・ミツイ殿とツバサ・アオヤギ殿だ」
この国で勇者召喚について知らない貴族はいない。
しかしそれを信じているものはごく一部だけで、大半の貴族は御伽話と信じていなかった。
実際に代々の国王が召喚を試みたがいずれも失敗に終わっている。
唯一成功したのが初代国王という記録が残っているが、なにせ百年以上も前の話。当時のことを証明できる人間はどこにもいない。
当初は貴族達も勇者の存在を信じていたが、あてもない賭けに負け続けた歴代の国王を見て、時代と共に世迷言、御伽話と断ずるようになっていったのだ。
それがどうだ。
百年もの時を経て勇者がこの国に現れたというではないか。しかも二人も。
勿論適当な人間を見繕って勇者を名乗らせている可能性も否めない。
「差し出がましいですがよろしいですかな、陛下」
「なんだね?」
すると突然手を挙げ、ウィルバーに意見する者が現れた。その人物はこげ茶色の髪をオールバックにし、モノクルをかけた男だった。
男は鋭い眼差しで周と青柳を一瞥するとウィルバーに彼らについて問う。
「陛下は彼らを勇者だと仰いました。ですが、それを我々が信じるとお思いですか? アルディアス王国が建国しておよそ百年、初代国王を除いて成し遂げられなかったという勇者召喚。不敬を承知の上で聞きますが、彼らが本物の勇者だとどう証明するのです?」
「心配には及ばんよ」
背後から聞こえた声に振り向くと、いつの間にか会場入りしていたフィリップがウィルバーのもとへ歩いていく。
「フィリップ殿…」
「おぬしの疑問ももっともだ。だが、私なら二人が本物の勇者であると証明できる」
「どうなさるおつもりで?」
「私の力で、二人の持つ力を可視化させよう」
そう言うとフィリップは前に手をかざす。
すると何もないところから杖が出現し、杖を取って二人に向けると何やら呟き始めた。
「白日」
その言葉を合図に淡い光が周と青柳を包む。突然のことに二人は戸惑っているが、やがて光が弾けると同時に周の足元から黒いオーラのようなものが立ち上る。
反対に青柳からは先程の淡い光とは違う、神々しさを感じる光が溢れていた。
その様子を見たフィリップは招待客達のほうへ向き直る。
「異世界より召喚された勇者は、皆例外なく『異能』と呼ばれる力を持っている。詳細な能力は本人にしかわからぬが、同じ異能はこの世に二つと存在しないということは伝わっている」
「つまり、今しがた見たものが二人に宿る力だと?」
「その通りだ。納得してもらえたかな?」
「…ええ、ひとまずは」
モノクルの男は小さく頷くと再び視線を二人に戻す。フィリップが何を企んでいるかはわからないが、そう遠くないうちに何かが起こる予感がする。
それがこの勇者なのか、あるいはフィリップ達なのか。いずれにせよ、あまり面倒を起こしてほしくないものである。
「この一ヶ月、彼らには勇者としての力をつけてもらった。そしてこの式典の後、我が国の騎士達同時ともにミロ・セイス連合国の軍と合流してもらう予定だ」
フィリップ達のやり取りが終わったのを確認してからウィルバーが再び口を開く。
「連合国に迫る脅威、それを放置すれば我が国はおろか、大陸全土にまで影響が及ぶだろう。だが我々には勇者がついている。必ずや相応の成果をあげてくれるだろう」
ウィルバーの演説に少しずつ熱がこもっていく。
だがそれを隣で聞いている周と青柳は知らないうちにハードルが上がっていくことに心の中で大汗をかいていた。
これで何も残せなかったら面目丸潰れなんてものではない。
いつの間にそんな大きく重いものを背負わされていたのかと思うと、今にもプレッシャーで圧し潰されそうだった。
「――ではアマネ殿、ツバサ殿。何か一言お願いできるかね?」
「「はいッ‼︎」」
急に話を振られた二人は揃って大声で返事をする。
突然そんなことを言われてもと思わずにはいられないが、今は目の前のことに集中だ。
「光井周、勇者の名に恥じない活躍をして参ります!」
「青柳翼、必ずや今回の戦いで成果をあげ、皆さまの信用を得てみせます!」
自分で言っておいてあれだが、だいぶハードルを上げてしまった。これでもう後には退けない。大勢の前で宣言した以上、覚悟を決めるしかないのだ。
二人の想いが伝わったかはわからないが、少しずつ拍手が広がっていく。ひとまずは乗り切ったようだ。
「二人とも良く言ってくれた。ではこれより半刻後、二人は我が軍と共に連合国へと向かってもらう。リチャード、お前も同行しなさい」
「かしこまりました。陛下」
ウィルバー達が退室し、式典はお開きとなった。
だがその裏でフィリップがニヤリとした笑みを浮かべていることには誰も気づかないのだった。




