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死神の胎動

 あれから一週間、魔力操作に慣れてきた二人はとある人物から指南を受けていた。


「もう一度だ! 来い!」

「――ッ、はい!」


 リチャード・アルディアス、アルディアス王国の第一王子にして十九歳という若さで王国騎士団副団長を務める傑物である。


 そのような人物を相手に現在周と青柳は剣の訓練――ではなく体術の訓練を行なっている。

 しかし何故体術の訓練なのか。疑問符が浮かんだ二人だが、魔力の使い方に慣れるにはこれが一番いいのだという。


 人間の身体には絶えず魔力が流れている。しかしその流れは身体に負担がかからないよう、人体に適した速度に抑えられている。

 そこから魔力を必要なだけ引き出して魔法を使ったりするのだが、魔力の流れが急激に速くなったり、出力を間違えたりすると、訓練初日の周のように命に関わることもある。


 だが身体を鍛え、動かし、体力をつけることでより多くの魔力を引き出せるようになる。そこで行うのが身体強化の訓練だ。


 この世界では身体強化は魔力操作を覚えるために一番最初に行う訓練であり、言うなれば誰もが使える当たり前の技術なのだ。

 本来なら子供の頃から少しずつ鍛えて魔力の操作に慣れていき、日常生活で不便なく使える程度には皆鍛えるものである。


 しかし周と青柳は一週間前に訓練を始めたばかり。この遅れは如何ともしがたく、リチャードによれば練度は学院の初等部レベルとの事。


 だが幸いまだ半月以上も残っている。このペースで続けていけば駆け出しの冒険者程度には強くなれるはずだとリチャードは考えていた。


「はあっ!」

「ふっ!」


 周は助走をつけてジャンプし、その勢いのまま蹴りを放つ。リチャードはそれを片腕で難なく防ぎ、腕を振って周の体を大きく飛ばす。

 攻撃の勢いを跳ね返され、周はスリングショットの如く吹っ飛んでいく。周は漫画やアニメで見たように一回転してスマートに着地しようとしたが、素人がいきなりそんなことできるはずもなく、受け身もとれずに背中から着地した。


「んぐぁッ」


 小さく呻いた周はゆっくりと起き上がるが、よほど痛かったのか背中をさすっている。

 青柳も正面からリチャードに攻撃を繰り出すが悉くいなされ、足払いをかけようとするもバックステップで躱される。


 それでも青柳は休みなく攻め続け、反撃の隙を与えない。だが次第に息が上がり、少しずつ攻撃の勢いが落ちていく。


 それを見ていた周は青柳に加勢しようとするも、何故だか体が思うように動かない。

 どころか身体が少しずつ鉛のように重くなっていき、思考も黒く塗り潰されていく。


「………?」


 青柳の攻撃を捌き続けるリチャードはぼうっと立っている周に違和感を感じ、一瞬動きが鈍る。それを見逃さなかった青柳は拳を突き出すも投げ飛ばされ、それでスタミナが尽きたのか大の字になって肩で息をしている。


 青柳と交代する形で周が動き出すが、体を左右に振りながらゆっくりと近づくという、とても人間とは思えないような動きをしていた。


 だが次の瞬間、一瞬でリチャードの背後に回った周はリチャードの首目掛けて蹴りを放つ。さっきまでとは別人のような動きにリチャードは反応が遅れ、攻撃をくらってしまうも大したダメージにはならなかった。


 一度距離を取った周は正面から殴りかかるが、リチャードは容易く弾き、回し蹴りで周を蹴り飛ばした。


「すまない! 大丈夫か⁉︎」


 周から感じたただならぬ気配にリチャードは思わず力が入ってしまい、我に帰ると周に駆け寄り、謝罪する。


「あれ…俺…」

「すまない、少し力が入ってしまった」

「いや、大丈夫です」


 周は何故リチャードが自分に謝っているのかさっぱりわからなかった。

 体が重くなり、思考が黒く塗り潰されていった時からの記憶が全く無く、気がついた時には倒れていた。


「よし、二人は休憩にしよう」


 リチャードの指示で周と青柳は休憩をとる。

 二人はリチャードから水を受け取ると一気飲みし、邪魔にならない場所に座ってひと息つく。


「すまなかった」


 すると突然リチャードが頭を下げ、あまりにも突然のことに二人は慌てふためく。


「え、ちょ、何してんですか⁉︎」

「顔を、顔を上げてください‼︎」


 二人の制止も聞かず、リチャードは頭を下げ続けている。

 その様子を見ていたオスカーも何事かと駆け寄り、必死にリチャードを止めるが全く意に介さない。


「我々の勝手な都合で君達をこの世界に喚んだこと、父上に代わって謝罪させてほしい」

「そんな…殿下が謝ることじゃ…」

「君達にも大切な家族や友人がいるだろう。それを無情にも引き離し、かけがえのない日常を奪った。許されることではないのはわかっているが、どうか謝罪を受け取ってほしい」


 家族や友人、そのワードを聞いた青柳は涙が溢れてくる。


「お父さん…お母さん…」


 突然自分達の住む世界とは異なる世界に喚ばれて不安を感じない者などいないだろう。

 状況もわからぬまま勇者と言われ、あれよあれよという内に大陸の危機を救うことになってしまった。


 この一週間、ホームシックにならなかったかと言われると全く無いとは言い切れない。


 慣れない環境での生活は多かれ少なかれストレスを感じるだろう。元の世界に帰れる保証もない中で、学校の授業よりも辛い勉強や運動をし、勇者としての力をつけていく。


 我が家の温もりが恋しいと思うのは必然だった。


「なんとか君達を元の世界に帰す方法を探してみるが、正直可能性は限りなく低いと思う。それでも、いつか帰るその日まで、どうか耐えてはくれないだろうか!」


 そう言ってリチャードは頭を上げる。

 しかし、周と青柳はなぜリチャードがそこまで真摯に向き合ってくれるのかがわからなかった。


 オスカーによればリチャードは元々勇者の召喚に反対しており、何度も父王に考えを改めるよう進言していたという。

 だが彼の努力も空しく、王は勇者召喚に踏み切ったのだった。


「勇者召喚と言えば聞こえはいいが、その実世界という壁を超えて攫っているに過ぎない。私はそれを止めようとしたが、結果このザマというわけだ」


 そう自嘲するリチャードの瞳は僅かに翳っている。

 彼の考えはどうあれ、止められなかった自分への憤りや無力感を抱えているのは間違いない。


「殿下、そうご自分を責めないでください。確かに不安はありますが、殿下のような方と出会えたことは私達にとって僥倖です。ですから、あまり気に病まないでください」

「そうですよ! それに俺達は誰かに望まれてこの世界に来たんです。 殿下を恨むなんて絶対にありえません!」

「…すまない、ありがとう」


 二人の言葉にリチャードはほんの少し表情を綻ばせる。

 たとえそれが気休めであったとしても、彼の罪悪感を少しでも晴らせたのならきっと意味はあるのだろう。


 休憩を終えた二人は訓練を再開し、昼食の時間になるまでオスカーとリチャードにしごかれていた。


 午後からは座学とマナー講座が待っていたのだが、周は疲労と眠気で集中できず、青柳も礼儀作法に四苦八苦していた。

 それでも一ヶ月後に控える建国記念式典のため、スパルタ形式で叩き込まれる。


 そうしてあっという間に当日となり、二人は侍女に連れられてウィルバーの所へと向かっていた。




 ◇  ◇  ◇  ◇




 一方その頃、王城に潜入しているソニアは、城内を巡回する騎士達の目を躱しながら勇者と思しき人物の魔力を探る。


 しかし、顔も名前も知らない、今日初めて会う予定の人物の魔力を特定するのは簡単ではない。


 それに時間が経てば経つほど警備も厳しくなるだろう。うかうかしていては見つかってお縄につくのがオチだ。

 かといって派手に行動を起こせば余計に見つかるリスクが高まる。その気になれば警備を撒くことは造作もないが、得策とは言えない。


 それにソニアにも表向きの立場がある。主からの命でなければこんな危険を冒すこともなかったのだ。


(面倒な仕事を任されたなぁ…)


 心中でぼやきつつ、魔力感知に集中する。


 すると、二つの知らない魔力が彼女の感知に引っかかる。

 一つは中程度の魔力。しかしこのくらいの魔力量の人間はいくらでもいるため、放置しておいても問題ないだろう。


 だがもう一つの魔力は異常なほど高い。今現在この城にいるどの人間よりも圧倒的で、量だけなら自身にも匹敵しうる。

 ただ、あまり鍛錬をしていないのか、魔力が体から僅かに漏れている。それに魔力の制御も粗い。


(この膨大な魔力の持ち主がおそらく勇者…、けど、まだまだ荒削り…)


 魔力量こそ膨大だが、現時点では自身にとっての脅威にはなり得ない。

 けれども鍛錬を重ねれば勇者の名に恥じぬ凄まじい強さを手に入れるだろう。


 その強さが世界のバランスに影響を及ぼすならば看過はできない。

 そうなる前に今ここで手を下すか、それとも見逃すか。その判断は彼女に委ねられている。


(とにもかくにも、まずは接触しなきゃだよね…)


 そうしてソニアは勇者の存在をこの目で確かめるべく、感知した魔力の元へと向かうのだった。

半年ぶりの更新で本当にスミマセン(土下座)


次回はもっと早く更新できるよう頑張ります

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