勇者の初陣
初花がビリーを一太刀のもとに斬り伏せ、残るはギリーだけとなったが、そのギリーは連合国の兵と激しく打ち合っている。
ギリーが時折牽制で雷の球を放つも、全て剣で弾かれる。しかし兵士もまた、近距離と遠距離を使い分けるギリーに攻めあぐねている。
互いに有効な一撃を当てられずスタミナが削られていく中、ほんの一瞬、兵士が大振りになったのを見逃さなかったギリーが兵士の手首を蹴りあげる。
その衝撃に兵士は剣を離してしまい、雷を纏った拳で顔面をぶん殴られ、その勢いのまま家屋を突き破って気を失った。
「おいビリー、いつまで寝てんだ」
兵士を倒したギリーは地面に横たわるビリーに声をかける。
「うるせぇな、ちょっと休んでただけだろ」
初花に斬られたはずのビリーが起き上がり、首を鳴らして地面に唾を吐く。
そして傷口に手を当て、青白い魔力を発しながら傷を塞いでいった。
「…まさか、治癒魔法が使えるなんてね」
脳筋じみた外見のくせに意外と繊細な技術を持っているものだと初花はため息を吐く。
ここにいる連合国の兵は二人とも倒れ、あと戦えるのは自分と魔法師団の魔法使いが一人と、周と青柳の計四人だ。
「貴方、接近戦はできる?」
「いや、あまり自信はないな」
「なら発煙筒を焚いて。私はあのギリーって男をやるから、周くんと翼ちゃんはビリーって奴を足止めして」
「いやいや、自信ないっすよ…」
「あの人達、私や光井君より遥かに強いですよ? とてもじゃないけど、時間稼ぎなんて…」
ギリーとビリーの実力がどれほどのものかはわからないが、今の自分達よりも格上というのは周と青柳も理解している。
実力はもちろん、実戦経験も豊富なのは間違いない。対してこちらは素人に毛が生えた程度。はっきり言って時間稼ぎ以前の問題だ。
「だからなるべく早く発煙筒の準備をして。私も流石にこの子達を守りながらはしんどいから、早めに援護に入って」
「わかった」
「「はい!」」
「それじゃ…いくよ!」
初花は自身に身体強化を施し、剣に炎を纏わせてギリーに向かっていく。
ギリーも雷の魔力を剣の形に練り上げ、白兵戦を展開する。
「魔力の形状変化…なかなか鍛えているみたいだね」
「お褒めに与り光栄だぜ。けど、こんなもんじゃあねぇぜ?」
するとギリーはさらに魔力を込め、雷の剣を長くしていく。その長さは剣というよりは最早鞭である。
長大な雷の剣を地面に叩きつけるが初花にはあっさり躱される。しかしギリーには想定内であり、雷の剣を事もなげに持ち上げると真一文字に振るう。
「蛇剣の強襲!」
雷の剣がぐにゃりと曲がり、まるで蛇のような動きで初花を襲う。
…ここまでくると完全に鞭である。
「ちっ…」
非常に不規則な動きの為、太刀筋がまったく読めない。近づこうにもギリーが魔力を流してどんどん剣を長くしていくので引き離される一方だ。
「殺し合いにおいて重要なのは敵を寄せつけねぇ圧倒的な射程だ。間合いに入らせねぇだけじゃなく、絶え間なく攻撃することで反撃もさせねぇ。俺の蛇剣の強襲に死角は無ぇぜ」
「あっそ」
それがどうしたと言わんばかりの態度にギリーの顳顬がピクリと動く。
「まさかとは思うが…この状況から俺に勝てると思ってんじゃねぇだろうな」
「勝てるけど」
抑揚のない声で淡々と言い切る初花にギリーの苛立ちはますます募っていく。
「上等だァ‼︎ なら俺のとっておきで殺してやらァ‼︎」
限界まで伸びた雷の剣が初花を取り囲み、逃げ道を塞ぐ。ギリーがほんの少し手首を捻るだけでそれが雷の剣に伝わり、初花の全身を襲うだろう。
だが、ギリーは彼女の強さを見誤っていた。
「…少しだけ、本気を出そうかな」
◇ ◇ ◇ ◇
この世界における魔法使いの定義は直接魔力を放出できるかどうか。
普通は武器や道具を介さなければ魔力を体外に放出できないが、それらの手間を省いて魔力を撃ち出せる者を魔法使いと呼んでいる。
初花や連合国の兵のように剣に魔力を纏わせるのではなく、ギリーとビリーのように手などから直接魔力を撃ち出せる者が魔法使いの定義に当てはまる。
尤も、二人は自分達を魔法使いとは思っていない。あくまで魔法は武器のひとつでしかなく、状況に応じて近距離と遠距離を使い分けるだけだ。
そして現在ビリーは周と青柳のコンビと戦っているが、その場から動かずに風の魔力球を連射している。
圧倒的格下の彼等が必死に避ける様を見てビリーは下卑た笑みを浮かべる。
そもそもこの攻撃はわざと外れるように撃っている。それにも気づかず走り回って無駄に体力を消費するものだから、嗜虐心が疼いて仕方ない。
「どうしたどうした? 避けるので精一杯じゃねぇか。そんなんじゃ俺には勝てねぇぜ?」
二人の体力が底をついてからが本番だ。女のほうは後で犯すとして、男のほうはどうしようか。
ああそうだ。動けないように手足を折って、女が犯される様を間近で見せてやろう。
そして絶望に歪んだ顔を見ながら殺すとしよう。
それはきっと、最高に気分がいい。
「うん?」
そんなことを考えていると視界の端から炎の球が飛んできた。風の球をぶつけて相殺すると、攻撃が飛んできた方を睨む。
「すまない、遅くなった。けど、おかげで発煙筒を焚けた。そのうち殿下が戻ってくるだろう」
「三対一で勝てます?」
「勝てずとも時間を稼げればいい。奴のスタミナを削ることが先決だ」
「わかりました。互いに無茶だけはしないようにしましょう」
周と青柳は剣を抜いてビリーに挑み掛かる。
しかしこれが初めての実戦である二人の動きは、初花のそれと比べると非常に緩慢だ。
踏み込みも一歩足りず、まったくビリーに攻撃を当てられないでいる。
ビリーは余裕の表情を崩さず、魔力の衝撃波を放つ。衝撃波をモロにくらった二人は大きく吹っ飛ばされ、周は肩を、青柳は背中を強く打ってしまう。
二人が痛みに呻いている隙をついてビリーは追撃しようとしたが、目の前に出現した炎の壁に阻まれる。
「チッ…面倒くせぇ…」
しかビリーは全身に風の魔力を纏わせ、炎の壁を突破する。
「なっ……」
突然のことに意表を突かれた魔法使いは反応できず腹部に連続パンチをくらい、トドメに顎を蹴りあげられてダウンしてしまった。
これで動けるのが戦闘中の初花を除いて周と青柳だけになり、いよいよ腹を括るしかなくなった二人は剣を構える。
だが剣を握る手はずっと震えており、どうにか自分と奮い立たせようとするが、それを凌駕する恐怖が二人を飲み込む。
自分達よりもずっと強い人が目の前で倒されたのだ。勝てるイメージが湧かなくても無理はない。
蔦のように絡みつく恐怖をなんとか振り払い、剣に光の魔力を纏わせた青柳が立ち向かう。
「聖光剣!」
光の剣を上段から振り下ろし、ビリーの肩に命中させるがまったく効いていない。
「そ、そんな…」
この一ヶ月で習得した技をぶつけても、かすり傷ひとつつけることもできない。
否が応でも思い知らされる。自分達とビリーの間にある、埋め難い実力差を。
剣に纏わせた光の魔力が霧散し、敗死を悟った青柳の手からするりと抜けて地面に刺さる。
絶望に歪んだ青柳の顔を見たビリーは醜悪な笑みを浮かべ、微弱な風の魔力で青柳を吹き飛ばす。
「やめろおおぉぉぉぉ‼︎」
青柳の危機に半ば恐慌状態に陥った周は地面を強く蹴って飛び上がり、ビリーの頭目掛けて剣を振り下ろす。
しかしビリーは一切見向きもせず、風の魔力で周を吹き飛ばすと青柳を踏みつける。
「うあっ…」
「ふん…容姿に関しちゃ悪くねぇ。これならいい値がつきそうだ。だが、売っ払う前に少し楽しむとするかな」
ビリーは舌舐めずりをすると青柳の服を力任せに引きちぎる。素肌が露になり、青柳は咄嗟に腕で胸元を隠す。
「いや……やめて……」
「これからたくさん経験するからな。今のうちに慣れておいたほうがいいぜ」
今まさに青柳の純潔が奪われようとしているその瞬間、周は怒りを滾らせる。
「やめろって、言ってんだろ…!」
周は掌に魔力を集中させ、炎の球を作り出す。
自分に魔法使いの素質があると知ってから騎士の訓練と並行して鍛えてきた。
両手で押さえた炎の球を頭上に掲げ、見様見真似のピッチングフォームで投げつける。
「炎の速球!」
勢いよく投げつけた炎の球はビリーに直撃するが、やはり微塵も効いていなかった。
鬱陶しそうな表情を周に向けると、たった一歩の踏み込みで周の眼前に移動する。
そのまま鳩尾にパンチをくらわせ、体が浮いたところを肘打ちで地面に叩きつける。
さらに周の髪を掴んで体を起こし、何度も顔面を殴る。
「や……やめてください!」
嬲りものにされる周の姿に心臓が締めつけられる思いをした青柳は土下座で懇願する。
「お願いします……私には何をしてもいいので、光井君を殺さないでください……」
「あお…やぎ……」
「覚悟ならできてます。だから、光井君だけは……」
声を震わせながら必死に助命を乞う姿に、ビリーは周を離すと青柳の顎を軽く持ち上げる。
「いいぜ。テメェの覚悟に免じてコイツは生かしてやる。その代わり、テメェには俺が満足するまで付き合ってもらうぞ」
「はい…」
「だめ、だ…青柳…」
「コイツに感謝するんだな。だが俺達に歯向かった罪は重い。罰として、テメェはコイツが犯される様を特等席で余さず目に焼き付けることだ」
ビリーが青柳の服を脱がせようとする様子を、周はただ見つめることしかできなかった。
青柳がクズ野郎に犯されるという絶望、それに対して何もできない自分の弱さへの怒り、色んな感情がない交ぜになって頭の中を駆け巡る。
その瞬間周からドス黒いオーラが発生し、内側に潜むなにかが周の視界と思考を黒く塗り潰していく。
ぼうっと虚空を見つめる周にビリーが違和感を感じた刹那、横っ面をぶん殴られた。
さらに後頭部を掴まれ、顔面に膝蹴りまでくらう。
さっきまでとは別人のような変わりようにビリーは動揺する。雑魚丸出しの動きではない、戦いというものを知っている動き。
本能が告げる。アレは危険だ。
距離を取ろうとした瞬間、周の身体から黒い触手のようなものが出現し、ビリーの手首を掴んで振り回す。
そのまま何度も地面に叩きつけ、トドメとばかりに民家へ向けて投げ飛ばす。
「み、光井君…まさか…」
それはかつて、リチャードと組み手をしていた時の変貌ぶりとまったく同じだった。
次回周に宿る力の正体が明かされます。




