15-37.終わり
セイバーに背後から殺させるために、俺がティアラを真正面から受けないといけない。
空を切った拳の動きをよく見ながら、俺は姿勢を低くしてティアラの懐に潜り込んだ。
ティアラもまた、俺を迎えうとうとした。膝蹴りを当てようとしたらしいから、俺はその膝を両手で受け止める。
思ったより強い衝撃。けどティアラには体重がない。なんとか受け止められた。
なおも追撃しようとするティアラだけど、直後に悲鳴を上げた。
セイバーに背中を斬られたんだ。
「今日こそ! あなたを殺すから! 恨みはないけど!」
「い、嫌! させない!」
挟まれてる状況は不利だとようやく悟ったティアラが、俺のことは放置して横に動き、俺とセイバーの両方に対峙しようとした。
そのために草原の上でステップを踏む。
ふと、見えた。草原の中にキラリと光る何かが落ちている。
それをティアラは気づかず踏んで、足を滑らせてしまった。
「あ――」
大きくバランスを崩したティアラにセイバーの刃が迫る。
「セイバー突き!」
まるでコアがどこにあるかわかっているみたいな勢いで、ティアラの胸を刺す。
実際にわかってるんだろうな。さっき背中を斬った際、コアが見えたのだろう。ならば正面からそこを狙えばいいだけ。
「あがっ!?」
地面に仰向けに倒れたティアラの胸に剣が刺さる。
「あっ、や、し、死ぬ……」
「ええ。あなたは死ぬわ。……ごめんなさい。わたしも、人間を殺すのは心が痛む。けど、あなたは罪を犯しすぎた。そしてこの世界に、あなたの居場所はない」
コアが砕けたのだろう。ティアラの体から黒い粒子が流れ出てきた。
本人もそれがわかっているのか、恐怖に満ちた表情をしていて。
「い、いや。死にたく、ない……。ま、魔法、少女に、なり、たかっ……た……」
それ以上は何も言えず、ティアラは日野姫輝という不幸な少女の死体に戻ってしまった。
魔法少女になりたかった彼女が、なんでこうなってしまったんだろうな。
偶然俺に助けられて、魔法少女が実在するのを見てしまったのが、彼女の一番の不幸だったのかな。
「終わったわね」
「ああ」
「さっきこの子、何に足を滑らせたのかしら」
「これだ」
草原から、光っていたものを拾い上げる。
「なにこれ。ミラクルフォース?」
「だと思う」
小さな紙。正確にはシールかな。描かれていたのはミラクルフォースだと思うけど、日曜日の朝にテレビで見たことはない子たちだった。
何代か前のミラクルフォースなんだろう。つむぎが一番詳しいと思うけど、俺はそんなに興味がなかった。
シールは血で汚れていた。その理由もわからない。こんな所にある理由も不明。ティアラかキエラが持ち込んだのだろうけど。
とにかく、ティアラはこれに足を滑らせて死んだ。
「行くわよ。まだキエラは生きてる」
「わかった」
シールを捨てて小屋の方に向かう。
それはヒラヒラと回転しながら落ちていき、偶然ティアラの死体の上に落ちた。
――――
逃げるキエラを追いかけて、ラフィオとハンターは小屋の中に踏み込んだ。
キエラは既に重傷だ。足からは血が出ているし、片目も潰れている。妖精の姿ではまともに走れないけれど、少女の姿になってもあまり変わらなかった。
小屋の床が血で汚れている。その臭いと、他の悪臭とが混ざり合って小屋の中はひどい状態だった。
「なんなんだ、この臭いは」
「食べ物が腐ったような臭いだね。生ゴミを捨ててずっと放っておいたゴミ箱みたいな。ほら、あれ」
小屋の片隅に、ゴミの山ができていた。そのほとんどはお菓子のパッケージのようだった。
フィアイーターであるティアラはともかく、キエラは食事をしなければ生きられない。そして節制ができない彼女は食べたいものを食べるだけなのだろう。だからお菓子だ。
ゴミを処理するという発想も浮かばなかったし、掃除や整理整頓なんて習慣もキエラたちにはないことは容易に想像がついた。
立ち込める悪臭にも、いずれ慣れてしまう。怠惰な生き方をしていると、それが普通になって生活のレベルはどんどん落ちてしまう。
かつての悠馬たちがそうであったように。悠馬たちは抜け出せた。けど、キエラたちは絶対にそうはならない。
それに、キエラは今日死ぬ。
小屋の床に地の跡をつけながら、キエラは無事な手足で這うようにして逃げる。
そんな彼女の左手首に矢が刺さった。
「ぎゃあっ!」
悲鳴と共にひっくり返り、怯えた顔でこちらを見上げた。
「ら、ラフィオ! こいつ! わたしの腕を!」
「ああ。そうだな。キエラを殺そうとした」
「なんで怒らないの!?」
「怒るはずがないだろう。僕はハンターを愛している。そしてキエラ。お前を殺したい」
「間違ってる! ラフィオの恋人はわたしなの! それにわたしは! ラフィオを産んだの! お母さんなのよ! なんでそんなことするの!?」
「母でも、間違ったことをしていれば正す。それが正しいやり方だからだ」
話している間にも、ハンターはキエラに矢を放った。まっすぐ心臓を狙ったそれを、キエラはなんとか避けようとした。
心臓へは当たらなかったけれど、胴には刺さった。
「かはっ! ラフィオ、お願い。やめて。目を覚まして」
「僕は正気なんだ。ずっとね」
ゆっくりとキエラの方に歩み寄っていく。キエラにはもはや、逃げる体力もなさそうで。
「あ、や、やめて……なんで。なんで言うこと聞いてくれないの。た、助けて。だれか。ティアラ。神様。そうだ、神様、かみさま……たすけて」
この期に及んで自分の非を理解せず、誰かへ助けを求めるキエラに慈悲をかけるなんて発想はなく。
ラフィオは両方の前足を振り上げて、キエラの頭に乗せて床へと叩きつけた。
脳への衝撃で、小さな少女の体は二度と動かなくなった。
「……ラフィオ、終わったの?」
「ああ。終わった。もう、この街に怪物が現れることはない」
「やった! 勝ったんだよね! やったー!」
ハンターが背中に抱きついてきた。
そうだ。僕たちは勝ったんだ。
振り返ると、悠馬たちが歩いてくるのが見えた。そうか、向こうも片付いたんだな。




