15-36.最後のフィアイーター
横に倒れたら起き上がりにくい体をしているらしい。手足をジタバタ動かしてもがいているけれど、起き上がる様子はない。
そして元から空いていた胴体の穴が、バーサーカーの前に晒される。
「おらあ!」
その穴に指を突っ込んでメキメキと音を立てながら広げていくバーサーカー。模布市のシンボルだろうがお構いなしなんだな、本当に。
「オレ! この街が好きなんだよ! なのに! みんなに愛されてる物を怪物にするんじゃねえええぇぇぇぇぇ!」
あ、心苦しくは思ってたんだ。
でも、アユムちゃんがこの街を好きになってくれたことが嬉しかった。そうだよね。いい街だよね。
陶器がバキバキに割れていく音と共に、穴が大きくなる。元のサイズがそこまででもないフィアイーターだから、コアもすぐに見えたらしい。
「死ねぇ!」
シャチホコに遠慮なく拳を振り下ろすバーサーカー。うん、この街を愛しているからこそだよね。街のシンボルをボコボコにするのも、愛ゆえだよね。
そんなに強くないフィアイーターのコアはあっさりと砕け散ったらしい。ライナーが次の標的にと思っていた黒タイツも、勝手に倒れて消滅していった。
他の黒タイツもそうだ。
「あー。終わった終わった。なんか疲れたなー」
「そうだな。なあ、これどうすればいい?」
「お城を管理してる人に渡せばいいんじゃないかな。修理するか作り直すかしてくれるよ」
真っ二つになった金鯱を抱きかかえたバーサーカーに返事をする。
「あ、せっかくだから触ってみよ。この街じゃ有名なものだけど、触るのは無理だもんね。レプリカは展示されてるけど本物を触れるチャンスはないもん」
「確かに」
「シャチホコさんなでなでー。モフモフー」
「いや、モフモフはおかしいだろ」
うん、確かに。
金鯱は思っていたよりスベスベの体表をしていた。金箔の冷たい感触は、しかし金だからなんか高級感とかあった。
「悠馬たち、大丈夫かな」
地面に置いた金鯱を一緒に撫でてると、ふとバーサーカーが呟く。
たしかに。こっちの戦いは終わっても、向こうはまだ継続中なんだろう。
でも。
「心配ないでしょ。今更負けるわけないし。キエラは手負いだし、ティアラもそんなに強くはない」
「手負いの獣ほど危ないって聞くけどな」
「本当なのかな、それ。怪我してるなら倒しやすいってことじゃん」
「でも、近所のじいちゃんが言ってたんだよ」
「それはなんか、経験に裏打ちされた言葉って雰囲気があるね」
なんて話をするけれど、実際のところバーサーカーも心配はしてなさそうだった。
シャチホコをお城の人に返しに行くのはいいけど、実際に誰に返しに行くべきかの方が深刻な悩みで。
「あ、いい人たちがいるよ。こっちこっち」
「おい待て! どこ行くんだ」
天守の方へと駆けていく。
案の定、お城の敷地内に彼らはいた。たぶん彼らも、朝出勤した所で怪物騒ぎに巻き込まれて、お城や人々を黒タイツから守っていたんだろう。
「お疲れ様です! 織田信長さん!」
「わしは徳川家康じゃ!」
「それは失礼しました!」
おもてなし武将隊のひとりが、地面に座って休んでいた。そうか、この人が家康か。
歴史とか詳しくないから、イケメンのコスプレとかわからないし。
「あの。フィアイーターになったシャチホコ、とりあえずお返しします。どうするかは上の人と話し合って決めてください」
「おお! 大義であった! 魔法少女殿」
「はい!」
「この街を守ってくださり、大いに感謝しておりますぞ」
「へええ。どういたしまして!」
たぶんこの家康さんも、ニュースは知っているはず。ライナーやバーサーカーが変身前はなんて名前なのかも、噂では聞いているはずだ。
けど、彼は話題にしなかった。それが正しいとわかっているから。
市民たちのほとんども、きっと同じだ。
「良かったね、バーサーカー」
「え? なにがだ?」
「家康さんに感謝されて」
「お? おう。家康さんも、戦ってくれたんだよな。ありがとうな」
その心遣いまでは、バーサーカーも気づいてない様子だけど。でも人の暖かさとかはわかったらしい。
他のおもてなし武将隊の皆さんも集まってきて、彼らに見送られながらライナーたちは去っていった。
――――
ラフィオがティアラを飛び越してキエラの方へと駆けていく。俺たちにティアラの相手を任せて。
キエラは這いつくばり転がるようにして、なんとか小屋に入った。ティアラはそれを守ろうとするけれど。
「あんたの相手はわたしよ!」
セイバーが追い越して行く手を遮る。
剣を突きつけられれば、少し身を引いた。セイバーが一歩前に出れば、ティアラも後ずさる。
が、ティアラの背後には俺がいる。
そしてティアラもよくわかっていた。俺の存在も、セイバーよりも俺の方がずっと倒しやすいことも。
「あなたから死んで!」
振り返って俺に殴りかかるティアラ。咄嗟に持っている角材で拳を受け止めるけど、ティアラも人外だ。角材はぽきりと折れてしまった。拳の勢いも弱まって、俺にも避ける余裕はできたけど。
このまま後ろに引くわけにはいかない。セイバーが追いかけなきゃいけなくなる。




