15-23.あの時のプリン
「すっごくよくわからないことになってるけど、困った時はとりあえずご飯食べて、お腹いっぱいにしたら幸せになれるよ。どうするかは、その後考えればいいってさ。みんなー。ラフィオが戻って来ました!」
ラフィオの手を引いて玄関を上がる。リビングには、確かに食卓が並んでいた。
「おう。おかえり」
「いきなり飛び出したって聞いて慌てたわよー。でも帰ってきてくれたのね」
「頑張ったんでしょ? お腹空いてるよね?」
「オレたちも大変だけど、ラフィオが一番大変な思いしてるんだよな。とりあえず食え」
悠馬と魔法少女たちが笑顔で待っていた。
違う。君たちが一番大変なはずなんだ。
「み、みんなが魔法少女と覆面男だってバレて、それで、その」
「まあねー。さっきからスマホ鳴りっぱなし。友達や家族から。心配になってるのはわかるけど、ひとつひとつ相手はしてられないので、とりあえず電源落としました!」
「都会に来てスマホの便利さを知ったけど、たまには使わないのもありだな。なんか、そういう都会の言葉もあるらしいし」
「デジタルデトックスってやつね。まあ、スマホ以外にもデジタルはうちにあるけど。とりあえずテレビも消して、世間がわたしたちをどう思ってるかなんか忘れましょう」
おずおずと席についたラフィオの頭を、愛奈はそっと撫でた。
「こういう時こそ、家族で過ごすべきよね」
「家族……僕は、君たちの家族でいいのかい?」
「ラフィオ、プリン食べるか?」
悠馬がキッチンへ行って、冷蔵庫からプリンを出して渡してきた。
「プリン……嬉しいけど、食べてる場合なのかい?」
「もちろん。……ラフィオと出会って初めて俺の家に来たとき、プリンを美味しそうに食べる様子を見て、俺たちも幸せになった」
「?」
「死んだ兄貴、春馬がな、好きだったんだよ。プリン。ラフィオと同じように、ニコニコしながら食べてた」
「それは……本当に?」
「そうだ。じゃないと、墓参りにプリンを供えたりしない」
「あ……」
そうだ。愛奈と悠馬は、家族の墓に行く際、確かにプリンを買ってお供えしていた。
そもそも、初めてラフィオがプリンを食べた時の状況も謎だった。なんで食生活に無頓着だった双里家の冷蔵庫に、悠馬も愛奈も別に好きではないプリンがあったのか。
亡くなった春馬の好物だから、無意識に買ってしまっていたんだろうな。死後何年も経ってるのに、どうしても思い出してしまって。
「兄貴が帰ってきたとは思わない。けど確かに、あの時俺は家族がまた増えたと思ったんだ。失うだけが家族じゃない。家族はまた作れる。ラフィオ、お前を見て思ったんだよ」
「……僕は、君たちの家族なんだね」
最初から、ずっとそうだった。
スプーンですくって食べるプリンは、どこにでも売ってるようなメーカー製の安いやつ。
でも、一番おいしかった。
「僕は幸せ者だな」
「いや、幸せなのは俺の方だよ」
「……幸せはみんなで分け合えるものなんだね」
「ああ、そのとおりだ」
「さ、ご飯食べましょう。今夜は飲んでいいかしら」
「いいんじゃないですか? 飲み過ぎは駄目ですけど」
「遥ちゃん優しいー」
「お義姉さんのこと、大切にしたいので」
「なんか、お姉さんの言い方変じゃなかった?」
「変じゃないです。これが普通なんです」
「そっかー。じゃあ飲むわよー。乾杯!」
「いただきます」
酒を飲むのは愛奈だけだ。けど、一緒に食卓を囲んでいるのは同じ。
幸せだった。
――――
「はぁ……はぁ……ふぃ、ふぃあ……」
エデルード世界の草原に、巨大なシャチホコが横たわっていた。
シャチホコと言うべきかはよくわからない。ティアラは模布市の人間だけど、正直シャチホコの実物は見たことがなかった。お出かけなんて、お母さんは連れて行ってくれなかったから。
テレビとかで時々見るシャチホコは、こんな形だった気がする。ティアラと混ざっているけれど。
「なんで。なんでこんなことに……」
「キエラ、わたしと話せる?」
「ええ。なんとかね」
「苦しい?」
「それは、かなりマシになった、ふぃあ。その代わり変な感じ。自分の体が自分じゃないみたい。言葉も、時々変に……ふぃあ」
「元の体に戻れそう?」
「わからない。フィアイーターの分離なんて考えたこともない。……でもできるかも。ううん、方法は見つけてみせる……」
じゃないと、ラフィオと一緒になれないものね。この世界を作ることもできない。神様だっけ。それとの約束が果たせない。
「世界を壊すには、こっちの姿の方が都合がいいわ。だから攻め込むつもり。でも……ああ。ラフィオ……」
キエラがこんな姿になったのはラフィオのせいだ。
こんなことするなんて。キエラはそう本気で悲しんでいた。
「ふぃあ……なんとか目を覚まさせないと。わたしがやるの。母親で、妻なのだから。やらないと。あの子に言って聞かせないと……」
「うん。そうだよね。キエラがやらないといけないんだよ。いける?」
「この体に慣れて、自由に動けるようになったら、あの世界に攻め込むわ。見てなさい魔法少女たち……」
フィアイーターになってもキエラはキエラで、何も諦めてはいなかった。




