15-22.キエラのフィアイーター
黒く怪しい光を放つそれ、メインコアを運ぶのに少し時間がかかって、ラフィオがここに来る手間を引いても追いつけたというわけか。
「ああ。会いにきた。お前を止めるために」
「そう。……今からでも、ラフィオがわたしと結ばれるって言うなら止めてもいいわ!」
「なるほどね。僕が身を差し出せば、世界は救われるんだ。……断るよ」
そこは譲れない。絶対に。ゆっくり近づきながら答える。
「なによ。じゃあ、このまま世界を滅ぼしてしまうわよ。魔法少女たちは動けない。自分たちのことでいっぱいいっぱいになってね」
いい気味だ。キエラの口調からはそんな気持ちが読み取れて。
キエラは魔法の力で浮かせたメインコアをシャチホコに押し付けようとした。その瞬間、ラフィオは駆ける。全力でキエラにぶつかった。
押し出されたキエラとシャチホコに、同時にコアが当たる。自分は咄嗟に下がった。巻き込まれてたまるか。
キエラの悲鳴が聞こえた。己の体が変質する苦しみを味わっているのだろうか。
生きているものをフィアイーターにすることはできない。高度な思考能力を持つ者、つまり人間やそれと同等の知能を持つ存在のフィアイーター化はさらに困難。
しかし、このメインコアは特別製よりもさらに特別製。そして、無機物であるシャチホコと、義足という形で無機物を体に取り込んでいる。
確信があるわけではなかった。最悪、キエラの義足だけを素材にした弱そうなフィアイーターができればそれで良かった。
けど、世界を破壊するほどのフィアイーターを作れるコアなら、こんなことも起こるだろう。
「あがぁぁぁぁぁぁ!! ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
少女の悲鳴が響く。
フィアイーターになることで、初めて痛みを感じた存在だろう。これまでのフィアイーターは命を持たない物か、失ったものばかりかのだから。
辺りが暗くなる。フィアイーターができるからだ。しかし、中のキエラが抵抗しているのか、フィアイーターはなかなか完成せずに闇も晴れない。悲鳴だけが響いている。
その中でよく目を凝らす。異様な怪物が作られ始めていた。
全体的なシルエットはシャチホコに似通って見える。つまり、背中を大きく反らして尾びれを上と少し前に向けた魚だ。しかし体全体が金色ではなく、キエラと同じピンク色になっている。顔もキエラのものだ。フィアイーターらしく、大きく吊り上がった凶悪な顔つきだけど。そして胴体から、キエラの足が四本生えていた。そのひとつは義足だった。
そして、しっかり体は巨大化している。前から後ろの長さが二十メートルほどに。つまり、元の大きさの十倍くらいになっていた。
「ああああぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁ! らふぃぉぉぉぉぉぉぉぉ! よくもぉぉぉぉぉぉ! おおおおぉぉぉぉぉ!」
その怪物が、こちらに怨嗟の声を発した。冷静ではいられない様子のそれは、城の屋根の上で足を滑らせて落ちた。
周囲の闇が消えていく。けど、フィアイーターはまだ苦しんでいる状態らしく、まともに戦える状態じゃない。
それでも、のたうち回るだけで甚大な被害を与えた。道路にヒビを入れ、木々をなぎ倒し、近くのお土産物売り場を倒壊させた。人々が慌てて逃げていく。
それから、穴がひとつ現れた。
「キエラ! 何があったの!? とにかくこっちに来て!」
ティアラが慌てた様子で呼びかけ、そしてフィアイーターはそっちに向かっていく。
このサイズのフィアイーターを通す穴を作るのはティアラにとっても容易ではなさそうで、かなり苦しそうだった。しかし体勢を立て直すにはそうするしかなくて。
フィアイーターは向こう側の世界に消えていった。
城の外では、何が起こったのかわからないという様子の人々が呆然と立ち尽くしていた。
これで、一旦は危機が去った。何も解決はしていないけれど。
キエラが諦めることはなくて、奴は間違いなくこの格好で戻ってくる。
後は魔法少女に任せるしかないのだろうな。
ラフィオのおかげで魔法少女になって、今まさに望まない注目を浴びている彼女たちに、頼らないといけない。
こんなつもりじゃなかったのに。
戻ろう。気が重いけど。この世界での僕の居場所はあそこにしかないのだから。
ぴょんぴょんと屋根と屋根を跳び移りながら、人知れず拠点の家に戻る。双里家はたぶん、出入りできない状況だろう。悠馬の家のことを知ってる人間もいるだろうし、その者が不用意に情報を広めたら、野次馬が集まってくるだろうか。
だから、こっちに帰ってきた。
「ラフィオ!」
玄関前で少年の姿に戻って少し逡巡していると、つむぎが飛び出してきた。
なんでわかったんだ。ああ、この子はモフモフの気配を察せられるんだったか。意味がわからないけど、この子から逃げるのは無理だってことは理解できた。
「駄目だよ! 急に飛び出したりなんかして! 心配したんだから! もうやらないで!」
「……ごめん」
珍しく声を荒げるつむぎに、ラフィオは謝ることしかできなかった。
それから、安堵した様子で抱きついてきた。
ああ。温かいな。
「よかった。本当によかった……でも、ラフィオにも理由があったんだよね?」
「うん。みんなが動けなさそうな状態だったから。僕だけで、とりあえず事態を先延ばしにした。みんな、正体がバレた状態じゃ戦いにくいだろうし。周りの人の説明とか大変だろうから」
「そっか。わたしは正体バレてないから、連れて行ってほしかったな!」
「うん。そうだね。……ごめん」
「わたしとラフィオは、ずっと一緒だからねー」
ぎゅっと、抱きしめる腕に力が籠もる。
「でも良かった。ラフィオがわたしたちのために動いてくれて。頑張ったんだよね。さ、ご飯食べよ」
「ご飯?」
「うん! 遥さんたちが作ってくれたんだよ!」
そんなことする余裕あるのか?




