15-17.覚えている
「フィー!」
「来いよ! 相手してやる!」
自然とその言葉が出た。普段から言っているかのように。
別の黒タイツが俺を見つけた。屋上へと続く階段から降りてきた奴だ。
俺の方から黒タイツに接近。殴りかかって来たのを避けて、その腕を掴んで捻りながら奴を転倒させる。
首を掴んで、奴の頭が階段の角に当たるように倒すと、頭を強く打った黒タイツは動かなくなった。
完全に殺すように、俺はそいつの首も折る。止めはちゃんと刺さないと。それを怠った奴がいたせいで、俺は前にも入院するハメになったからな。
剛の。そうだ、コスプレで魔法少女やってる奴だ。頼りになる先輩だ。今、思い出した。戦いに関連付けてだ。
こうやって戦っている時、俺は俺でいられるってことなのか。
ああ。ずっとこうやって戦ってきた。その時の光景が断片的に思い出させる。何度も何度も戦ってきた! 今と同じように!
階段を駆け上がり、扉を開けた。そこには数体の黒タイツと、フィアイーターがいた。
洗濯物として干されていた入院着が怪物となってしまったらしい。上下の入院着がひとセットになり、そこから手足が生えていた。服から手足が生えているのは当たり前だけど、頭は無くて怪物の顔は胴体についているのは異常だった。
そしてフィアイーターたちは、怯える少年を見下ろしていた。物陰に隠れていたのを見つかったところらしい。
怪我した足では逃げることもできず、屋上の地面に座り込んでいた。近くに松葉杖が転がっている。
「おい! やめろ! その子から離れろ!」
躊躇いなく声を上げて、怪物どもの注意をこちらに逸らす。
「お兄ちゃん!? なんで!?」
「お前を助けにきた!」
「無理だよ! 逃げて! 怪物がいるのに!」
「そうだな! けど怪物は俺が倒す!」
「できっこないよ!」
「そうか? お前の憧れる覆面男は、こういう時に逃げたりはしないぞ!」
今の俺は覆面男ほど覚悟を決めてないし、素顔も出したままだけどな。でもいける。
なにか武器になるものは? 周りを見れば、シーツを干している物干し竿があった。シーツごと手に取る。
「っ!?」
その瞬間、シーサーに囲まれた人の良さそうなおじいさんの顔が脳裏に浮かんだ。
俺はこの人のことを知っている。いや、思い出した。沖縄でごく僅かな時間ながら弟子入りした、棒術の爺さんだ。
棒を振り、こちらに接近する黒タイツの足を払って転ばせる。とりあえず蹴飛ばして動きを止めてから、別にいた一体の腹を棒の先で突いた。
ああ、ちゃんと覚えてる。この棒術は、修学旅行に行った時に覚えた。
沖縄まで、遥とアユムと行った。その間、模布市で怪物が出たらセイバーとハンターに任せきりにしてたな。俺が海で水着姿の遥やアユムと遊んでる時にだ。
海水浴にはもう一回行ったな。夏合宿という名の遊びだ。エリーも一緒だった。ああ、エリー。かわいそうな子。意地汚い大人の欲望の犠牲になった、純粋な少女。あの子のことを忘れていたなんて。
あの件は、アメリカから来た奴らに随分と憎しみを持った。もちろん、アメリカ人全員が悪人ではないことはわかってるけど。チョコツクレルは、変な奴だったけど善人だった。変な奴だったけど!
そうだ、あの人はバレンタインデーのために来日したんだよな。緊急来日って、テレビは表現していた。大袈裟すぎる言い方だ。良い人だから良かったけどな。
腹を突かれて苦しんでいる黒タイツに向かって一歩踏み出せば、奴はそのまま後ろに倒れた。そいつの首に棒をあてがって押し込み、殺す。そして最初に倒して相手にも止めを刺した。
直後、背後から黒タイツが一体襲いかかってきた。体が自然と動いて、奴の一撃を回避。棒を振って横っ腹に食らわせる。
チョコツクレルが模布市のバレンタインデーを盛り上げようとしたのは事実だ。フィアイーターが暴れたせいで、それはうまく行ったとは言い難いけど、この市民はそれを受け流してはいる。
彼が言っていた通り、模布市民はタフだ。怪物が暴れるのを見ながら、チョコレートを味わったり恋を楽しんだりする。
ちゃんと覚えている。出会ってきた人のこと、みんな忘れはしない。
大切なことも思い出した。
俺のことを好きな女が何人かいて、そのひとりは愛奈で。けど俺の姉という、誰にも手に入れられない立場に満足することで身を引いた。東京でかつての同級生に告られたけど、振ったらしい。もったいない。けど、ホッとしたのも事実だ。
それから、遥とアユムだ。ふたりとも俺に告白した。それで、俺は。俺は……。
「フィァァァァァァ!」
「ああ、くそっ!」
フィアイーターが殴りかかってきた。
今回の弱そうだな。背丈も普通の大人の男とそう変わらない。というか、頭がない分低い。
体の材質自体、布製の服から作られたのもあって柔らかそうだ。手足の部分もそう。人間の皮膚より丈夫かもしれないけど。
「おらっ!」
「フィァッ!?」
奴の腕に棒を振れば、ボスンと迫力のない音と同時に沈み込む。丈夫だとしても、中はふわふわ。綿でも詰まってるような感覚だ。これじゃあ人を傷つけるのは無理だろう。
周りの黒タイツさえ片付ければ、こいつは大した脅威にならない。
向こうもわかっているのか、黒タイツたちが何体か俺に襲いかかる。主人を守るみたいな動きだった。
棒を振り回して牽制しながら、最初に倒すべき相手を見定めて、そちらに踏み込んだ。慣れた動きだ。
そうだ、慣れている。もっと強いフィアイーターや、キエラやティアラが来たら別だけど。
俺が今、入院する羽目になったのもティアラのせいだ。あいつが俺を倒して、頭を打つことになった。
そうだ。その直前、俺は何を言おうとしていた。
雑な性格をしている俺を受け入れて、力になりたいって言ってくれたあの子に。彼女が俺を支えてくれるように、俺も支えたいって思った。こんな俺に何ができるかわからないけれど。たとえできることが多くはないにしても。
黒タイツをある程度蹴散らすと、フィアイーターが再び襲ってくる。棒で打ちのめそうとしたけれど、奴のふわふわボディは横っ腹に当たった衝撃を完全に吸収した。
そのまま棒を掴んでこっちを引っ張る。体は柔らかいくせに、力はそれなりにあるんだな。力比べでは、普通の人間に過ぎない俺は負けてしまう。そのまま前につんのめりかけて。
「悠馬!」
俺が好きな女の声が聞こえた。




