15-15.知っている通りの姉
そんな受け答えをしながら街を見る。お年寄りが公園に集まっている。どこも老人たちは暇なのかな。主婦の方々が道ですれ違い挨拶をして、ご近所の噂話に興じている。
退屈な光景かもしれないな。けど、大事なことだ。怪物がいつ現れるかわからない環境で、こうやって他愛ない日常を送れることはなんて素晴らしいんだろう。
この退屈な日常を、魔法少女たちは守っているんだな。
しばらくの間、少年と並んで街の様子を眺めながらコーラを飲んでいた。
やがて、俺のスマホが震えた。愛奈からだった。今からお見舞いに行くとのこと。
「ごめん。客が来た。俺はもう行くな」
「わかった。兄ちゃん、また会おうぜ」
「もちろんだ」
コツンと拳を突き合わせてから、病室に戻る。
「はい、悠馬。ピラフ買ってきたわよ」
愛奈が袋を掲げて見せてきた。中から、俺の好きな香りが漂ってくる。間違いない。これは喫茶店のピラフだ。
「マジで? どうやって」
「模布の街には、テイクアウトやってるお店なんていくらでもあるのよ。街の素朴な喫茶店でもね。喫茶店の味を病院でも食べられるのっていいわよねー」
「そうか。ありがとうな、姉ちゃん」
面倒くさがり屋の愛奈が、わざわざテイクアウトやってる店を調べて買いに行ったという事実が嬉しかった。
「いいのいいの。弟のためだもの。ほら、あーん」
「自分で食べられるから」
「遥ちゃんたちがいない間は、わたしが悠馬を独占したいのです、お姉ちゃんという立場は大事にしつつ、たまにはこうやって恋人みたいなこともしたいわよね。というわけで」
どういうわけかはわからない。けど満面の笑みの愛奈がプラスチックのスプーンに乗ったピラフを差し出してきた。
わざわざ俺の好物を買う努力をしてくれたのは、これをしたかったのが間違いなくあるだろう。
考えてみれば愛奈は、俺の知っている愛奈と比べると少し違っていた。こんな風に、俺のために動いてくれるのも、なんか珍しい気がする。
俺の記憶が失われている間に、愛奈も成長しているのかもしれないな。根本に、たったひとりになってしまった弟への気遣いがあるのは元からだろうけど。
「わかったよ……」
だから俺も渋々だけど、応じることにした。口を開けて、愛奈が差し出すスプーンを咥える。
喫茶店ピラフは美味しかった。
「ねえ悠馬」
「なんだ?」
「結局、遥ちゃんとアユムちゃん、どっちと付き合いたいの?」
食べさせるのにも飽きたのか、皿とスプーンを俺に手渡しながら聞いてきた。この感じは、俺のよく知ってる愛奈だ。それよりも質問の答えだけど。
「わからない。遥が俺を好きになったこと自体、今の俺には初耳すぎたというか。アユムに至っては、ほとんど印象とかないし」
「そっかー。それは困るわよねー」
「姉ちゃんは、どうすればいいと思う?」
「わたしに訊かないでよ。恋とか愛とかわかんないし。つむぎちゃんに訊きなさい」
「絶対に、建設的な答えは出てこないと思うけど」
「だよね。モフモフしたいって気持ちに任せます! 好きなモフモフがいたら、迷わずアタックしてモフモフするだけです! ……とか言いそう」
割と似ている声真似を披露する愛奈。そして、本当に言いそうだ。
「まあ、常識ではなかなか理解できない答えをするとしても、つむぎちゃんたちの姿は参考になると思うよ。あのふたり、付き合うようになってから幸せそうだから」
「……うん」
ラフィオのことは、正直あまり見れてない。クールを気取っている奴なのは、なんとなくわかる。全然できてないけど。
そして彼は、クールに振舞えないことを受け入れながら、つむぎの恋人をしている。自然とふたりで隣同士になるように動いている関係性は、確かに微笑ましかった。
「ああいうの、いいと思う」
「悠馬が、誰とあんなふうになりたいか。それを考えればいいんじゃないかしら」
「そうか……」
想像できるかな。できるかもしれない。
「わかった。考えてみる。ありがとう」
「どういたしましてー。ま、ゆっくり悩めばいいと思うよ。記憶を無くして、恋愛をもう一度やり直せるのは楽しいかもしれないしね」
「楽しさの代償が記憶って、重すぎるだろ」
「あー。悠馬っぽい言い方。やっぱ悠馬は悠馬なのねー」
「記憶が無いって言っても、たった一年分だからな。姉ちゃんが怠け者で朝が弱くて、隙あらば会社を休みたがるのとかは、ちゃんと覚えてるからな」
「あー! うあー。完全に記憶無くさせて、完璧で最高のお姉ちゃんって教え込ませるとかできないかしら」
「弟の記憶を完全に奪おうとするな」
「でもー! かわいい弟の尊敬はほしいし!」
「だから。代償がでかすぎる。あと尊敬してほしいなら、明日からは会社行け」
「やだー! 悠馬の入院にかこつけて! 永遠に休みたい!」
「やっぱ姉ちゃんは駄目だ」
「悠馬ー! ずっと入院して!」
「俺が大学行けなくてもいいのか?」
「それもいやー!」
なんて、俺の知ってる通りの駄目な姉と、身のない会話をしていると、なんか心は温かくなってきた。




