15-14.魔法少女が守る街
小学生の中学年くらいかな。片足に大きなギプスをつけて、ステンレス製の松葉杖をついて苦労して歩いている。
使い慣れてないんだな。知り合いに、折りたたみ松葉杖片方だけで容易に階段の登り降りが出来るやつを知っているけど、彼女もそれをするまでは苦労したはずだし。
少年は休憩スペースの自販機の前に来て、ポケットから財布を取り出したのはいいものの、そこから先に苦労してるようだった。
「手伝おうか?」
思わず声を掛けたら、少年は少し驚いた様子を見せながらも、ちょっとホッとした顔になった。
「お願いできますか?」
「おう、何がほしい?」
「レモネードを。本当はコーラが飲みたいんですけど」
「自販機には売ってなさそうだな」
自販機のラインナップも高齢者向けだ。緑茶とか紅茶とか。ミルクティーとレモンティーとアップルティーとか、お茶のラインナップは豊富なのに炭酸系飲料は全く置いてない。
「一階の売店行くか。そこなら品揃えも多いだろ」
「え、でも。いいんですか?」
「いいっていいって。どうせ暇なんだ」
「ありがとうございます!」
どうやら少年も暇してたらしく、ちょっと嬉しそうな顔になった。
この足で階段移動は難しいだろうし、エレベーターへ向かう。その途中、お互いに自己紹介した。
俺の方はもちろん、魔法少女の仲間をしてるなんて言えない。怪物と魔法少女の戦いに巻き込まれて、頭を打って入院してることにした。本当はなんともないのだけど、周りに心配されて、こうしていると。
説明したら、彼は目を輝かせた。
「本当!? お兄ちゃん魔法少女に会ったの!?」
「え? いや。会ったというか。近くで見はしたな。すぐに黒タイツが襲ってきて逃げたけど」
「そっか! いいなー」
ちなみに彼の怪我の理由は、魔法少女とは全く関係のない、運動中のアクシデントらしい。
そんな彼は自分の怪我のことなんかどうでもいいとばかりに、俺の話に食いついた。
「ねえ。魔法少女ってどうだった!? 格好良かった?」
「それは……」
つい昨日、目の前で見た魔法少女の姿を思い浮かべる。
その姿は。
「ああ。格好いい。見惚れたよ」
恐ろしい怪物に、躊躇いなく立ち向かう姿。
それに……遥だ。失った自分の足で伸び伸びと走る姿。惹かれないはずがない。
まあ、そこまで教えるわけにはいかないけど。
「本当に格好良かった。あんなでかい怪物と真正面からぶつかる姿。強そうで、でもかわいくて。綺麗で。すごくいい」
「だよなー! 俺も魔法少女大好き! この街に住んでいて本当に良かった。……父ちゃんたちはさ、危ないから引っ越そうとか時々言うんだけど。ありえないよなー。なにがあっても魔法少女が守ってくれるんだ。最高じゃん」
「……そうだな」
市民に受け入れらる。ラフィオはそれを目的に、ヒーローとして可憐な少女を選んだんだっけ。
その結果が、この少年だ。そして、市民を励まして勇気を与えているのは、魔法少女だけじゃなくて。
「なあ。魔法少女の中で誰が好きだ?」
そう尋ねれば、少年はちょっと迷った様子を見せた。
「魔法少女だったら、バーサーカーが好き。途中から入ってきたけれど、一番パワーがあって頼れそうだから。……でも、本当は魔法少女よりも、覆面の男が好きなんだ」
「本当に?」
「うん。変身できない普通の人だけど、怪物を相手に戦ってる。それってすごいことだと思うんだ。だから憧れる。俺もいつか、覆面のあの人みたいな立派な男になりたい」
「そうか。頑張ってくれ。たぶん、覆面男もこういうファンがいるって知ったら喜ぶだろうな」
自分のことだとは言えない。記憶を失った今、そう言う資格もない。
目の前の純粋な少年の期待に、今の自分が応えることができない事実も、少し心を痛めた。
もちろん覆面男の正体を知らない少年は、俺の答えに嬉しそうに頷いた。
売店には見舞い客、つまり健康で若い人も来ることを想定している品揃えがあって、さすがに酒類は無いものの炭酸飲料も多く扱っていた。
二人揃って缶のコーラを買って、それから病院に戻る。年寄ばかりの休憩スペースに行く気にはならない少年は、とっておきの場所を教えてくれるという。
なんのことはない。病院の屋上だったけど、でもいい場所だった。
「どう? 綺麗でしょ?」
少年が自慢げになるのもわかる気がした。
そんなに高い建物ではないにせよ、周りの建物もそんなに高くない。そして警察署を始めとして、周りには建物はそれなりにある。
庶民的な雰囲気はありながら、この街のある一角を一望できる。ちょっといい場所だった。
今日は天気もいいし。まだ寒い時期だけど、日当たりがいいから過ごしやすい。
病院で日々使われているシーツや入院着がたくさん選択されている。多くの衣服を吊り下げられるハンガーや、シーツを吊るす物干し竿なんかが目に入った。
「ちょっと寒いけど、いい所でしょ?」
「ああ。いいな」
「こういう街を、魔法少女は守ってくれてるんだよね。本当に、すごい」
「うん」
平日の午前中。子供たちは学校に行く時間帯で、その姿はあまり見られない。いや、遠くに小学校の校舎が見える。耳をすませば活気のある声が聞こえる。
魔法少女が守っている、ありふれた平和。
自分もまた、魔法少女と共に守っている。この街を。
記憶がないから自覚もない。けれど俺の胸に、なぜか誇らしさが通り過ぎた気がした。
「俺の小学校。あー、早く怪我直して走り回りたい」
「頑張れ。きっと良くなるはずだから」
足を失っても、走れるようになった奴がいるんだ。お前は大丈夫だよ。




