15-3.お見舞い
「なあ。遥」
バスの中で、アユムが深刻そうに声をかけた。
「告白の返事、結局どうなるんだろう」
「今はそれどころじゃない、ってことだよね。悠馬、告られたこと自体忘れてるわけだから」
「そうだよな。てか、オレのこと自体覚えてないよな。ガキの頃に会ったことがあるだけの、男と間違えてた女としか見てないんだ。あー! せっかく仲良くなったのに!」
「ちょっ! アユムちゃん静かに!」
車内には他の乗客もいるんだから。迷惑行為はよくないです。
「……わたしも同じだよ。一年前は、まだ悠馬のこと、そこまで好きじゃない時期というか。好きだったけど、今ほどグイグイ行ってなかったかなー」
九月の事故で足を失って、しばらく入院してて。年が変わったくらいから悠馬に車椅子を押してもらうようになって。だんだん意識し始めて。
ちゃんと好きって言えるようになったのは、魔法少女になってからだ。
「うん。悠馬に察せられるほど、好き好きアピールしてなかった。わたしたちがまだ、普通のクラスメイトの時期まで悠馬は巻き戻っちゃった」
「そうか。遥もか……」
「悠馬、またわたしたちを好きになってくれるかな」
「どっちのことを好きだったか、わかんねえけどな。でもなんとかなるだろ。普通に仲良くしてれば、悠馬もオレたちのこと気になるはずだ」
「うん。そう、だよね」
アユムは悠馬のあの声を聞いてないから、気楽なものだな。
わたしは一度勝ってるはずなのに。悠馬の気持ちをもう一度手に入れられるのか、正直自身がなかった。
けど、俯いているのは性に合わないと自分でも思う。
「そうだよね! うん! わたし、悠馬にもう一度好きになってもらう! ううん記憶が戻るのが一番だけど! そうじゃなくても悠馬の彼女はわたしだって、思い知らせてやる!」
「遥。静かに」
「ううっ……」
そうだった。車内ではお静かに……。
決意を新たにしたのはいいけれど、結局心配なことは変わりなくて。今日の授業なんかほとんど手がつかなかった。
クラスのみんなは、悠馬が来ていないことを不審がっている。彼女である遥に尋ねてくるけど、本当のことなんか言えない。
怪物騒ぎに巻き込まれて怪我をしたと、表向きの作り話をしておいた。
うん、クラスのみんなのためにも、早く記憶を戻してもらわないとね。
今日ほど放課後が来るのが待ち遠しく感じた日はなくて、終業と同時に教室を飛び出した。少なくとも気持ちの上ではそうした。実際にはアユムの慎重な車椅子操作で出たわけだけど。
一緒に行くと言った剛も合流して、三人で電車に乗り込み病院へ。
剛もずっと、心配だと口にしていた。それ以外のことは何も知らされていないし、何も言えないのだろう。
病室の前の椅子に愛奈が座っていた。
「そろそろ来るかと思ってたわ」
「愛奈さん。悠馬の状態は?」
こんな状況で、お姉さん呼びしない分別は遥にもあった。
というか、お姉さんと呼ぶ自信がなかった。悠馬と結ばれて、愛奈が義理の姉になる未来が来ると、胸を張って言えなかった。
「相変わらずよ。この一年の悠馬の人間関係や起こったことは全部話した。けど、思い出せないって。アユムちゃんと再会したこととかもね。エリーちゃんのことも忘れてる」
「エリーちゃん……」
彼女の命を奪った卑劣な男たちに、悠馬はかなり憤っていた。それも記憶にないなんて。
「両親や春馬が亡くなった事故を起こした男が出所して、それを自分が許したってことも教えたわ。信じられないって顔してた。魔法少女のことよりもね」
「それはなんか、想像がつきます。会ってもいいですか?」
「ええ。けど一斉に会いに行くのは駄目」
悠馬が混乱するから。
「少人数で。とりあえず遥ちゃんとアユムちゃんだけでね」
「ひとりずつじゃないんですね」
「本当はそうするべきだけどね。あんたたちがそれぞれ会ったら、自分が彼女だと吹き込むでしょ?」
「それはちょっと考えました」
「オレも」
「だからよ。樋口さんも似たようなこと考えてたみたいだし」
「樋口さん、あれで本気で悠馬のこと狙ってる感じなの、ちょっと怖いです」
「そうなのよ。下手したらあの人、わたしの義理の妹になるのよ。年上なのに。それはさすがに厳しい……だからあんたたち。頑張って」
微笑んで、ふたりの肩に手のひらを乗せる。パシンと音がした。
どっちが悠馬と付き合うことになるかはわからないけど、いずれにせよ悠馬は幸せになる。そう考えているのだろうな。
悠馬のことを第一に考えてる。さすがお姉さん。
勝てないなあ。
とにかく、ふたりで病室に入る。悠馬はベッドの上で身を起こしてテレビを見つめていた。澁谷の出てる番組だ。人が来たとわかったら、すぐに消した。
「遥。と……アユム、だよな。久しぶり……じゃないんだよな。変な気分だ」
見たところ怪我はない。頭に包帯を巻いてるとかもない。元気そうだし受け答えもしっかりしている。
記憶だけが正常じゃない。
「久しぶりでいいぜ。悠馬にとってはそうなんだから。ゆっくり思い出してくれよな。なあ、オレがこんなに可愛くなって驚いたか?」
アユムが物怖じした様子も見せずに、満面の笑顔で話しかける。悠馬に、気を使うなと言ってるみたいで。
「ああ。驚いてる。前に会った時は本当に男みたいだったから。浴衣姿で始めて女だってわかったし。……魔法少女として戦ってるんだよな」
「おう。遥と一緒にな!」
「そうか……遥」
「な、なんでしょうか!?」
不意に話しかけられて、遥は車椅子の上でビクンと体を跳ねさせた。
アユムの押しの強さというか元気さに気圧されて、すっかり聞き役になってしまっていた。
あと、記憶がなくなった悠馬と何を話せばいいのかわからなくて。今の悠馬の中でも前からのクラスメイトだし、車椅子を押してくれる係だ。改めて自己紹介する必要もなかったし。
なんか他人行儀な返事をしてしまって、ちょっと自己嫌悪だ。




