14-42.好きだ
ティアラからすれば、キエラは乙女としての戦いの真っ最中だ。バレンタインデーは女の子たちにとっての戦場。くだらないとは言えない。
キエラが戦っているのだから、自分もじっとはしてられないか。
ティアラは背中に何かを隠し持っていた。背負えるようにしているそれを、手に取り俺に向けた。武術を習っているわけではない女の子の不格好な構えだけれど、彼女は人外で力がある。
その武器とは。
「義手……」
湾曲した鍔を持つ西洋の剣、たとえばレイピアとか呼ばれそうな外見のもの。けど、義手か義足の一種なんだろう。鍔に見えていたのは、失われた手足に取り付けるソケット部分。
そこに柄を取り付けて無理やり剣にした。
手足の先端部分に当たる箇所が指ではなく、一本の長く鋭利な刃物になっている。以前愛奈を傷つけたのと同じようなもの。
義肢を武器にするというひどい発想をさらに発展させて、本物の剣にした。
材料は、あの義肢装具士の仕事場から盗んできたんだろうな。それを改造した結果があれか。
格好いいとは言えないな。
「俺を殺すつもりか?」
「殺す必要はないけど、キエラの邪魔になるならそうする!」
お喋りの余地はもうないか。
お前は俺のおかげで今の立場を手に入れた。あの時見捨てていれば、お前はキエラに認知されることなく死んだし、俺たちも魔法少女に関わらなかった。
見捨てれば良かったと後悔することは、ありえない。けど今の状況はちょっとまずいな。
「はぁぁぁぁぁ!」
気合いのこもった声と共に、ティアラが義手レイピアを突きつけてくる。まっすぐ俺の心臓を狙っていた。人間の女の子には到底無理な踏み込み速度。俺はなんとか避けることができた。
武器を持った怪物を相手に素手で立ち向かうのは無理だ。武器になるものを探すけど、ここは外。広い公園で、木の枝ひとつ落ちていない。壊れた何かの破片とかでもいいけれど、そんなものもなかった。
怪物による物的被害が少ないのはいいことだ。そのせいで俺が死にかけるとしても。
それに探す暇もほとんどなくて。
「はあっ!」
「うわっ!?」
なおもキエラはこちらに迷わず踏み込んでいく。殺意を隠そうともしない。キエラの恋路を邪魔する魔法少女たちは敵。ああ、そうだろうな。
後退し続ける俺だけど、向うの方が足が早い。その一撃はなんとか避けられた。けれど腕に掠って、ブレザーの袖の部分が切り裂かれる。くそ。もう着れないな。これ買い直せるんだっけか。
「逃げないで!」
「逃げてはないんだけどな!」
背中を向けて一目散に逃走すると、数秒後に串刺しだ。そんな未来は御免だ。
魔法少女たちはまだ来そうにない。そして。
「フィー!」
「嘘だろ……」
黒タイツはまだ残っていた。ティアラに注意を払い続けなきゃいけない状況で、側面から飛びかかってきた。
横に退きながら手を伸ばす。黒タイツの手首を掴んで引き寄せながら、ティアラの方に向かって蹴った。レイピアの刃が黒タイツの胸を貫いた。
死体となった黒タイツの体が消滅しながらも、ティアラの前進が一瞬だけ止まったから、その間に反撃しようと考えた、けど無理だった。
黒タイツは一体だけではなかったから。
もう一体が、いつもの雄叫びを上げながら俺の背後に回って腕を掴んだ。
痛み。常人を軽く超える握力を持つ黒タイツに二の腕を握りつぶされる前に、俺は後ろにいるそいつに背中からぶつかった。
黒タイツはその衝撃をなんとか受けきったものの、握力は緩んだ。すぐにそれを振り払い、迫るティアラから逃げようと横に動く。
うまくいかなかった。黒タイツはなおも俺の方へ飛びかかってきた。無理な体勢での跳躍。捨て身の攻撃。己の命が消えても主人の目的を果たせるならそれでいい。見上げた精神だ。好きじゃないけれど。
俺の胸ぐらを掴んだまま地面に押し倒す形になった黒タイツの背後から、ティアラがレイピアを突く。倒れゆく俺は対処ができなかった。
黒タイツの胴体を貫通した刃が俺の胸に真っ直ぐに迫る。ブレザーの胸ポケット、校章が刺繍してあるそこに剣の切っ先が当たって。
「悠馬!」
ライナーの声が聞こえた。ああ、来てくれた。
その瞬間、安堵の気持ちだけではない感情が胸に湧き起こった。
これはなんだろう。考えなくてもわかるはずだ。
俺は今、どんな表情をしているんだろうな。
覆面だから。誰もそれはわからない。俺自身にも。
俺の目の前をライナーが通り過ぎる。ティアラの横っ面に飛び膝蹴りを食らわせながらだ。
暗くなっていく空に、彼女の姿はよく映えていて、美しかった。
「遥!」
だから俺は思わず声をかけた。なぜかはわからない。一瞬後に、俺は大怪我を負うことになるのが、なんとなくわかっていたからか? とにかく、衝動的に言ってしまった。
呼びかけて、何を言えばいいのかもわからなかった。言いたいことは沢山ある。けれどそんな暇はない。
ほんの一瞬の逡巡の末に。
「好きだ」
短くそれだけ告げた次の瞬間。
俺は地面に強く頭を打ち付けながら倒れた。




