14-41.ただのティアラ
でも、言われたことはやってあげますか。
「ええっと。そういうことだから。どこに連れていけばいいかしら」
「駅の方まで両親が車を回してくれているそうです。友達が連絡してくれたみたいで」
スマホをちらりと確認しながら言った。はぐれた友達にも無事を伝えているのだろう。
「そう。じゃあそこまで連れて行くわね」
運転席に乗って車を出す。
少女が、遠慮がちに尋ねてきた。
「お姉さん、魔法少女のファイターさんと付き合っているんですか?」
「ええ。そうよ。個人的に親しい関係」
「そうなんですね。というか、ファイターさんって男性だったんですね……」
「わかる? わかるわよね。体に触れたら明らかよね。彼、かわいい顔してるから見た目ではわかりにくいけど。魔法少女に変身なんかできないの。でも戦ってる」
「格好いい、です」
「惚れちゃだめよ? わたしのなんだから」
「もちろんです! 尊敬してるだけです!」
「ふふっ。冗談よ。それから、ファイターの正体については誰にも話しちゃだめよ? 格好いい魔法少女に助けてもらえたっていう思い出はみんなに広めていいけど」
「はい。わかってます。魔法少女の正体が知られるの、駄目ですもんね。絶対に言いません。あの、応援してます。いつもこの街を守ってくれて、ありがとうございます。そう伝えてください」
「ええ。わかったわ」
駅には彼女の両親友人が待っていた。再会を喜び合い、それから麻美に感謝の言葉を告げた。
少女は言いつけをしっかり守り、麻美のことも助けてくれた親切なお姉さんと説明してファイターとの関わりは黙っててくれた。
いい子たちだ。こういう普通の市民たちが魔法少女に守られ、安心して日々を過ごすことがラフィオの目的なんだっけ。魔法少女がいれば恐れることはないとみんなが思えば、キエラの目的は果たせない。
自分の恋人がその一端を背負っているのが、誇らしかった。たとえ誰かにそれを言えなかったとしても関係ない。
彼女たちの車が去っていくのを見送ってから、麻美は剛たちがいる方へと戻っていった。早く終わらせて、デートしなきゃいけないから。
――――
ナイフを黒タイツの首に刺して殺す。今日は比較的保ってくれたこの武器だけど、七回刺せば限界が来てしまった。
それを制服のポケットにしまって、次の黒タイツに対峙する。今日は数が多いな。それほどキエラは気合を入れてきたのか。奴の姿は見えないけれど。
先行で駆けつけたライナーは、あまり本意ではないだろうけれど公園内を駆け回って黒タイツの掃討に当たっている。地味な活躍だから好きじゃないと言ってたけれど、必要な仕事だしライナーがやるのが最適だ。感謝してるとも。
それを本人に言葉として告げなきゃいけないんだなと、ふと悟った。ライナーが俺の方針に従って、俺のためにやってることなんだから。
我ながら人の感情の機微に疎いと反省しつつ、黒タイツの一体の顔面を殴る。戦いが終わったらライナーにちゃんとお礼を言おう。ああでも、告白されたからその返事が先だろうか。
「おら! こんな日に限って出やがって! しかもハートとか嫌味かよ!」
「フィァァァァァァ!」
「うるせえ!」
バーサーカーの騒がしい声も聞こえてきた。いつも真っ先にフィアイーターに立ち向かってるな。こっちも頼りになる。
今は、自分の背丈よりもずっと大きいフィアイーターと両方の手のひらを合わせて掴み、押し合っていた。
敵の方が上背があって、押しつぶすような体勢になっている。それをバーサーカーは腕力だけで押し返していた。力は拮抗しているように見えた。けど、いずれバーサーカーにも限界が来るはず。
助けに行きたいけど、俺もそれどころじゃない。黒タイツをある程度倒したと思えば、ティアラが立ち塞がった。
「日野姫輝」
生前の彼女の名前を呼ぶ。これになんの意味があるかは、俺自身にもわからない。
奴はフィアイーターであり、生身の俺よりもずっと強い。真正面から戦っても勝てはしないだろう。なんかエモい言葉をかければ動揺して時間が稼げるかもとか、そんな考えだ。
効果はないかもしれないけどな。
「そんな名前、もういらない。わたしは、ただのティアラ」
「あの日、お前を駅で助けなかったら、俺は魔法少女の戦いには無関係だったと思う。後悔してるかどうかは微妙だけど、違った可能性は時々考える」
「戦うのは辛い?」
話に乗ってくれた。他の魔法少女が来るまで時間稼ぎはできるかも。
「どうかな。変わった経験ができるのは、面白いって思う。変わった友達もできたし。まあ、痛い目に遭うことも多いし、知り合いが危険に巻き込まれるのはどうかと思うけど。ティアラ、お前はどうだ? 魔法少女に関わった挙げ句に死んで、幸せか?」
「ええ。とても。死んで初めて、生きてるって思えてきた」
「キエラはこの世界を滅ぼそうとしているぞ」
「らしいね。でも、それが全部じゃない。ラフィオを手に入れれば、キエラはこんな世界に興味がなくなる。それで、向うの世界を作るの。それってとても楽しいことだと思う」
「ラフィオはあんな女を好きにはならない」
「させてみせるって言ってた。今もバレンタインデーのチョコを渡しに行ってる」
「うまく行くとは思えないな」
「行くよ。きっとね。その邪魔は誰にもさせない」
お喋りに飽きたのかな。それとも、自分のやることを思い出したのか。




