14-35.バレンタインを襲う
人間たちは、外国から来た有名なチョコ職人、チョコツクレルさんの話題に夢中らしい。
港の近くの広場に大きなハート型のオブジェが飾られている。それだけじゃない。その近くのお店で、チョコツクレルが作った渾身の作品が飾られているらしい。
それを見に来た客たちにチョコツクレルのお菓子を売るという、プロモーション的な目的のものらしいな。
「素敵! これをフィアイーターにしましょう!」
「えっと、どっち?」
「どっちも! 手分けしてやりましょう! ティアラはハート型のオブジェの方をお願い!」
鏡には、海と巨大なハートを背景にして写真を撮っている若い人たちが写っていた。高さ三メートルほどのピンクのハート。なにがどうありがたいのか、ティアラにはわからなかった。でも、SNS映えするらしい。だからみんなこぞって撮りに行く。
幸せそうだな。ティアラが得られなかった幸せだ。だからってわけじゃないけど、壊しに行きたいと思った。
「わたしは、チョコレートの方に行くわ。ふふっ。ついでに売られてるチョコを貰っていくから!」
鏡の光景が切り替わる。お店の中らしい。
ガラスケースの中に、細かな細工が程越されたチョコレートが飾られていた。
恐ろしい怪物を前に立ち向かう、剣の魔法少女を模したものだった。チョコレートでシャイニーセイバーとフィアイーターが表現されている。さほど大きなサイズではないが、細かな装飾なんかも再現されていてきれいだった。
なぜ、フィアイーターがカップに入ったプリンなのかは知らない。セイバーと比べて小さく作られていて、主役であるセイバーを目立たせていた。
つまり添え物だ。正義のヒロインである魔法少女の引き立て役。
よく見ると地面を模していると思われるチョコの台座にも、サブイーターたちが倒された姿がいくつか作られていた。
「引き立て役なんてひどい! こんなもの! フィアイーターにして暴れさせてやるんだから!」
と、キエラは随分と憤った様子を見せながら、穴を作って人間の世界へ向かった。
ティアラも、もうひとつのフィアイーターを作るために穴を通った。
平日だけど、夕方の臨海公園には人手が多かった。高校生から大学生くらいの、若いお姉さんが多いな。あとはカップルも。
ティアラは単独行動だけど、この雰囲気にうまく溶け込むことができた。ひとりで行動してる人はあまりいないけど、ゼロじゃない。ほら、あそこにワンピース姿の綺麗なお姉さんがいる。公園の木の下で、誰かを待っているようだ。
いいなあ。これからデートなのかな。
ハートは目立っていたからすぐに見つかった。大きなピンク色のハートになんの価値があるのか、ティアラにはいまいちわからない。けど、世間の人々はこの前で写真を撮るべく行列を作っていた。
そこに並ぶ気などもちろんなくて、ティアラはハートに後ろから近づきながら、それに向けてコアを投げつけた。
周囲一体が闇に包まれる。多分カメラを起動させているスマホも黒一色になったことだろう。
闇が晴れた時には、ハートに手足が生えていた。それから周りには多くのサブイーターも。
周囲はあっという間に大混乱に陥って、人々は前触れなく出てきた怪物から逃げようと、我先にと駆け出した。いい光景だ。
お店の方でも同じ光景が繰り広げられているのだろうな。ティアラの足は自然とそっちに向いていく。あの子のことだから、混乱のなかでチョコレート選びに夢中になっているかも。それはかわいらしいのだけど、その隙に魔法少女にやられちゃったら困るから。
――――
つむぎに見られながら延々とプリンを食べる幸せな時間は、ラフィオ自身がフィアイーターの出現を察知したために終わった。直後につむぎのスマホも鳴る。
「えー! なんでこの日に!?」
「向こうはこっちの事情を考えてくれないなあ」
「ほんとだよー。バレンタインデーなのに」
「案外、キエラもバレンタインを狙ってるのかもしれないね」
「ラフィオにチョコレートを渡すとか?」
「嫌なことを言わないでくれ」
とはいえ、本当にそうしてくる可能性はあった。
つむぎのこういう勘は当たる。というか、モフモフであるキエラの考えのトレースがうまい。
「そんなこと絶対にさせないから! ラフィオ! 行くよ! デストロイ! シャイニーハンター!」
髪留めにしている青い宝石を手に取って、握りながら叫ぶ。少女の体が光に包まれた。
変身はあっという間に終わった。
「闇を射抜く精緻なる狩人! 魔法少女シャイニーハンター!」
青い魔法少女を前に、ラフィオも獣となって姿勢を低くする。ハンターはすぐにそれに飛び乗った。
場所は海の方か。そういえばチョコツクレルがなんかやってたんだっけ。
――――
愛奈と麻美もまた、定時で素早く退社したところで警報を聞くことになった。
「麻美。臨海公園に出たらしいわ。ちょっと行ってくるから、麻美は剛とのデート楽しんできて」
「あの。デートの場所が臨海公園なんです」
「え!?」
「そこで待ち合わせして、フォトジェニックなハート型オブジェクトで写真撮ろっか、みたいな話してて。たぶん彼、もう向こうにいます!」
「じゃあ、今頃魔法少女のコスプレして戦ってるってこと!? ひとりで!?」
「そういうことになりますね。先輩! わたしも連れて行ってください! 剛を助けないと」
麻美はいつになく必死な様子だ。




